IRAN 1999.7.3〜
7/3◆出発の日
12:00に出発。蒸し暑い。昼から大雨になるということだけど、出発までに降りませんように。
今回はきっと雨に出会うことはないだろうから、雨具の用意はしていない。
さいわい、関空あたりの雨はたいしたことなく、飛行機は定刻どおりに出発した。
まずは機内食。最後の方だったので、魚しか残っていなかった。残念。
白身魚の味噌づけ焼き、日本そばとは日本的なメニュー。
食事のあとにもなかが配られたが、食べられそうもないのでやめておいた。
しばらく寝ていると、映画「メッセージインアボトル」が始まる。
日本語吹き替えだから、ケビンコスナーの魅力が半減。でも内容はまあまあ。
今回のラストはいさぎよかったなあ。めずらしく。
ペナン経由なので、ペナン島で1時間のトランジット。飛行機の中にいても言いといったのに、
なんだかでてほしそうだったので、ロビーで免税店などをぶらつく。
「良の優品」というシリーズで、飴などが売っていたけど、
日本の製品をまねして作ったものだと思う。外は29℃といってもここはそんなに暑くない。
飛行機はクアラルンプールへ。
クアラルンプールの空港はリニューアルして1年。とても広くて、ショップも充実している。
でも、行きにあまり荷物が増えても、お金を使っても困るので、とりあえず1000円両替。
喫茶店で時間をつぶしたり、店をうろうろしたりする。でも4時間は長かった〜。
電話をしようにもコインがなくあきらめる。
1時間前に意を決して、イラン式の服そうにチェンジした。
マントは実家の母親に作ってもらい、スカーフは1×1メートルの布を半分に折って自分で作成。
こんな格好をしている人はたくさんいるとはいえ、やはり自分がするのは抵抗がある。
トイレに入るときに見ていたおじさんが、着替えた私をさらに不思議そうに眺めていた。
まるで学芸会のようだ。
心配のたね、リコンファームはテヘランで、と言われる。
「マレーシア航空のオフィスはテヘランにあるの?」
「大丈夫」イラン航空のところでできるのかな。不安。チェックインをすると、
「一人なの??一人で行くの??」と何度も言われた。
イラン航空のボーディングのゲートに行く。日本人は私以外にもいたけど、男の人だけ。
イラン人に話しかけられる。「ジャパニーズ?イランで働いてるの?旅行?1人???」
あまり話す気になれなかったので、相槌だけうつ。
その内にボーディングが始まった。
セキュリティチェックはたいしたことなく、すんなりと搭乗口へ。
イラン航空は思った以上に広く、乗っているのはほとんどがイラン人かマレー人。
マレーシアもイスラムの人が多いので、イランに行きやすいのだろう。
機内にはお祈り用のスペースもあった。
搭乗後、機内食。ミックスベジタブルサラダ、きらいなヤングコーン、にんじんサラダ、
あまーいケーキ、フルーツミックス、チキンのケチャップ煮のようなもの、そしてパンとコーラ、
バターライス。
トイレはイスラム式を実行する人が多いのか、水びたしである。
つらいけど、仕方が無いので使用する。
これからは水分を控えなきゃ。
となりの親子連れが話しかけてきた。
「どこからきたの?」
と母親が子供に英語で言わせる。
「日本」
「日本なの〜!」…ここから子供にとって代わり、母親が積極的に話しかける。
イスファハンに行くと言うと、
「うちの主人はイランエアーのオペレーターだから、時間は変えられるわ。
すこし出発を遅らせて、テヘランの私のうちに遊びに来て!
そしたらあとで一緒にイスファハンに行ってあげるから!」
…「でもホテルの予約をしてあるし、迎えにもきてくれるから変えられない。」
「大丈夫よ!遊びに来て!!」
でもやっぱり断わる。8日にテヘランに行くのでそのときに電話すると言っておく。
「ところで、ビザをとるのに何日かかった?」
「1カ月位かなあ」
「まーいいわねー。私が日本に行きたいと思っても日本に友人がいないから2年以上かかるのよ!
友人がいれば1カ月でとれるんだけど。」
「はあ…」
「これで私たちは友達ねっ!」
…まあ、こっちの連絡先なんか教えてないからいいけど。日本人と話がしたかったわけだ。
そのあと、すぐに寝てしまった。
7/4◆緊張のイラン入国
次に起きたのは朝食間近の時間。しばらくぼーっとしていると、朝食のサービスが始まった。
テヘランに到着。入国審査の列に日本人を発見。さりげなく後ろに並ぶ。
こっちがスカーフ姿のためか、最初ちろちろ見ていたおじさんが話しかけてきた。
すると、その前にいたイラン人も日本語で話しかける。日本人の彼女(と思う)といた人だ。
日本で働いているという。
「イスラム教徒ですか?一人?こっちにいる日本人女性はみんなイラン人と結婚してるけど、
あなたの旦那さんもイラン人ですか??」
2人とも、一人旅で日本人の旦那がいるというと驚いていた。
AITOの人が見えた。彼につれられて国内線の飛行場に向かう。あたりは真っ暗。
乗務員も鞄を全部開けている横を素通りして外に出る。少しだけ、両替をすることにした。
とりあえず100US$と思っていたけど、1US$はなんと9000Rls。
90枚のお札は財布に入るもんじゃなかった。昨年の夏は3000Rlsだったと書いてあったのに。
現在は1Rls=0.013円ということ。
国内線はタクシーで25分位。空港に入るには男女別の入り口から入り、
荷物チェックを受けなければならない。
一度手紙を出しに外に出たため、2回も鞄を開ける羽目になってしまった。
でも開けろと言われて開けても係の人はちょんちょんとつっついただけ。
「日本人?」
「はい」
「おしん〜!あれはいいわ〜!!」
待ち時間は5時間もある。彼は「君は初めてイランにきたのだから、私がついていよう」
といって、カフェでコーヒーやチャイ、ケーキをおごってくれながら、
イランの料理や言葉を教えてくれる。きれいだから…といってコインまでくれた。
ほんとは一人で良かったのに。リコンファームを試みるが、まだできないといわれ、
イスファハンですることに。
いよいよ1時間前になり、チェックイン。セキュリティー口まできて、
あーやっと解放される、と思った時、
「いろいろ教えてあげたんだから、すこしUS$でチップをくれないか」という。
え…、いつもどれくらいもらっているんだと聞くと、なんと10US$という。冗談でしょ。
考えたけど、結局5US$も渡してしまった。もったいない。なんでこんな奴に。
肝心の仕事、ホテルのクーポン渡すの忘れそうになったくせに〜!
納得いかない気持ちを抱えつつ、セキュリティーに。ボディチェックも受けたりして、
中に入る。
男女別のお祈りスペースもあったりして、思ったよりも広い。
飛行機までのバスをロビーで待っていると、暑さのためか、男の人が担架で運ばれていった。
テヘランは今日は39℃らしい。昨日は42℃まで上がったとか…。
イスファハンまでの飛行機は暑かった。
エアコンの風も熱風なのでスカーフの中はかなりの汗だ。
となりのおばさんにイスファハン行のチケットを見せると、
「イスファハンはいい街よ」「あなたがイスファハンに興味をもってくれて嬉しいわ!!」
と喜んでいた。
機内での軽食は、甘いパンとオレンジカスタードクリーム、チョコレート。甘〜。
サワーチェリージュースがきたのでラッキーと思ったけど、今度は非常に酸い。
結局半分も食べられなかった。
上からみるイランは一面ベージュ。緑はあまりみることができない。
◆イスファハン到着
イスファハンに到着。ここでもAITOの人がきていた。
ホテルまで送ってもらう。オプショナルが希望なら電話してくれと連絡先をもらう。
スイートホテルはスィーオーセ橋のすぐそばにあった。
うまく予約ができてなかったのか部屋についてあれこれいている。
結局、落ち着いたのか、205に案内される。
205はせまく、トイレもあまりきれいじゃない。
とりあえず顔を洗いたかったのでスカーフをとっていると、ボーイさんが呼びに来た。
201のほうがきれいだし、テレビもいいからそっちに行こうという。
荷物をまとめて部屋をでようとすると、スカーフをかぶるようにうながされた。
ホテルの部屋からでるときもだめなのか。
201は3つベッドがある、15畳はありそうな大きな部屋だった。
真ん中にはレースのカーテンまであってゴージャスな雰囲気。
まだ掃除中だったが、隅で待たせてもらった。
ようやくルームメイクの人が出ていき、さあ顔を洗おうと思うと、ノックの音。
先程のおばさんが「ホテルから」と山盛りのチェリーとプラムみたいな皿をもってきてくれた。
最初にチップを渡さなかったからこんなに待遇いいの?でも結局チップは渡してないけど…。

一段落してから街にでてみた。
スィーオーセ橋を渡ると大通りにでた。
フェルドゥーシー通りはイスファハンの目抜き通りであり、
商店やホテルがぎゅうぎゅうにならんでいる。途中にはバザールもあったりする。
ホテルから1歩でたとたんに注目の的になった。
男の人はわかるけど、女の人もじーっと顔をみる。そんなにおかしい?
みんなと同じ格好をしてるはずなのに。
しばらく進むと、ブルーのモスクの屋根が見えた。え、エマーム?こんなに近かったの??
とりあえず嬉しくて写真をとっておく。
中に入れないのでおかしいなーと思いつつ、裏にまわってそこにいた男の子に
「マスデジェエマーム??」と聞く。うなづいてる。やっぱりそうなんだろうか。
裏から廻ると、アッバースィーホテルがあった。
アッバースィーの横のモスクは…、ああ、マドラセか。間違ってた、やっぱり。
アッバースィーのチャイハネに行きたくて中に入ってみたけど、ちょうど掃除中。残念。
5時ごろに開くという。
ショップもしまっている時間だったので、ホテルに帰ることに。
途中フルーツジュースを飲んでみようと、きれいなICE CREAM YAMに入った。
イランではまだまだ英語は通じない。メロンを指差してみると、メロンをざく切りにして、
ミキサーにいれ、砂糖を山盛り入れた。でもおいしい!これは1500Rls(約19.5円)
途中でジュースを買い(コーラとオレンジ炭酸「COOCAK FANA」2本で4400Rls(約57.2円)
一旦ホテルに帰る。途中から若者と、おじさんがついてきている気がした。
おじさんは通りを渡ったところで消えたけど、若い方は「I save you」とかいって
前を歩いたり後ろをあるいたりする。
うっとおしいので、橋を渡り終えたところでにらむ。意外とそれ以降はついてこなかった。
ホテルに帰ると、一人のおじさんがなんだかもめている。私の部屋について言っているようだ。
部屋をチェンジしてもらったのに、予約のノートは変えてなかったらしい。
「201は君の部屋か?一人だから違う部屋にしたらいいだろう」
「気に入っているから変えない。私の部屋だ」オーナーが「分かった。君が使っていいよ。」
おじさんは非常に不満そうだったが、絶対変わらないから。
外は暑かったので、喉や目が乾燥している。
水をのんでもあっというまに吸収されていく感じがした。明日からの予定はどうしよう。
イラントラベルには3時間程のツアーがあるらしいので、一休みしてから、再びでかける。
ついでにリコンファームもしにいこう。
イラン航空はすぐ近くにあった。係の人はにこにこと、(しかしもたもたして)
リコンファームを2人ががりでやってくれる。その間電話は鳴りっぱなし。
でもおかげでリコンファームも終わり、一安心。
イラントラベルはアッバースィーホテルの前のバザーレの一角にあった。
午前ツアーはメナーレジョンバーンやアーテシュガーフ、ジョルファーなどを廻るようだ。
結構盛りだくさんの内容で80000Rls(約1040円)。他の物価を考えると高いけど、まあいいか。
明日の朝8:40に来るように言われた。tour(ツアー)が通じず、「ツール」とフランス読みする。
ここで気づいたこと一つ。ホテルの予約の時に「1ペルシャン?」と言われ
「1ジャパニーズ」と丁寧に言い直していたけど、きっと「1person」と言っていたんだ。多分。
帰り道、レストランの中で水たばこを吸っているおじさんを見かけ、写真をとらせてもらう。
と、隣のインド料理店のお兄さんも、「うちにも撮りにきて〜!」というジェスチャー。
いくと「7時にナンを焼くからそれを撮りにきて!!」という。とりあえず写真を撮り、
7時にこれたら来る、と言っておいた。
今日はつかれていたので、ホテルのレストランで食事をとることに。
7:30だけど、だれもいない。
チュロウケバブとシーズンサラダ(最初サラダを頼まなかったら、愛想悪いおやじ…
じぶんでは洗練したサービスを提供しているつもりに違いない…が
「No salad. No salad!」と2回も言ってむかついたので、あとで追加した。)、
ソフトドリンク(これも違うものをたのんだのに、これがでてきた)、
そしてチャパティのように薄いパン。2〜3人前はありそうなこれ全部で12000Rls(約156円)
安い。結局、半分も食べないうちにギブアップしてしまったけど。
この日は部屋に帰り、明日の計画をたてる。
せっかくよく映るテレビだけど、イランには公営放送5チャンネルしかない。すべてペルシャ語。
「アッラー、アッラー、ホメイニ、ハッハッ!!」とか言ってるのを聞いていた。
朝はツアーに、午後からはエマームを見に行こう。明日こそ!
7/5◆イラントラベルのモーニングツアー
8:20にホテルをでる。20分かからないと思ってたけど、通りを渡るのにてまどり、
8:45ぐらいに着いた。「今日のツアー…」「ああ、9:00まで待ってね」
なんだ、9:00にくればよかった。
時間をつぶすのに隣の本やさんへ。そこでかかっていた曲と、シタールのテープを買う。
12000Rlsは昨日の晩ご飯と同じ金額。こういう娯楽品は高いのだ。
昨日向かえに来てくれたムシュハドさんと、同じドライバーが来た。
「さあ行きましょう!」
◆結婚したい人は行こう、ハージュ橋

まずはハージュ橋へ。写真をとってもいいかと聞くと、どこでもOKという。
橋はとっちゃいけないと思ってた。
この橋のふもとにあるライオン像にまたがると、たちどころに結婚できるらしい。
ザーヤンデ川は200kmほど離れた所から流れてきているのだとか。
橋の下にはたくさんの人がいた。ホームレスとかじゃなく、
みんなピクニックをしていたり涼んだりしているのだ。
イランではピクニックはとてもポピュラーで公園などでもたくさんの家族がピクニックをしている。
◆フルーツマーケットと金曜モスク(マスデジェジャーメ)

橋の上をとおり、次は金曜モスクへ。
金曜モスクはマスデジェジャーメという。この近くのバザールは、
地方からきた人達が買物をするので、道は人でごったがえしている。
イスファハンに昔からある、3つの場所のうちの一つという。
フルーツマーケットの中を抜けてモスクへ。途中、マスクメロンを味見させてもらった。
あまくておいしい。
ほしかったけど、1キロ単位でしか売ってくれない。
ムシュハドさんも少し買おうとしたけど、やはり売ってはくれなかったようだ。
このマーケットもイランイラク戦争の時に被害を受け、たくさんの人が犠牲になったらしい。
マーケットの壁に犠牲者の名前が刻まれていた。

モスクの入場料は20000Rlsだったが、学生といってもらい半額に。
でも後から知ったのだけど、外国人料金はイラン人料金の10倍なのだ。
モスクの中は薄暗く、タイル等の装飾もなし。
このモスクは何度かに分けてたてられており、古い部分はとても質素である。
歩いて行くと、ときどきタイルも現れる。歴史的な話も聞きながら、中庭にでる。
すごい。一面ペルシャブルーの世界だ!嬉しいので写真を撮る。
鍵のかかった扉をあけてもらい、中に入ると、そこにはすばらしいカービングを施した
メフラブ(メッカの方向をしめす扉のようなもの)と階段のような台がある。
もう一つ奥の扉を開けると真っ暗。明りをつけてもらうと、床には一面カーペットが敷いてあった。
ここにはチンギスハーンが冬の間過ごした(?ちょっと自信ない…)ということだ。
この部屋の扉を開けてくれたおじさんとチップの件でもめているようだ。
「彼女は学生だから」とか言ってる。私もチップを渡すべきだったのだろう。さりげなく外にでる。
◆ゆらゆら揺れる尖塔、メナーレジョンバーン

説明を聞きながら、モスクを後に。次はメナーレジョンバーン。しばらく車に乗っていると眠くなってきた。
こらえていると、到着。15000Rlsを8000Rlsに割り引いてもらい、中へ。
イラン人の学生の団体か?女の子たちがこちらを珍しそうに見ていた。
塔の上に登る。でもいっぱいの人だったので、下に降りて、揺れるのを見ることにした。
下から見上げていると良く揺れている。落ちはしないのだろうか。
それよりもみんなの視線も気になるなあ。揺れる塔よりも珍しいのかな…。
◆ゾロアスターの神殿(現廃虚)、アーテシュガーフ

次にアーテシュガーフへ。この暑さの中を登るのがいやだったのか、遠くから写真をとっただけ。
え、ここにきたいから参加したのに。
その代わりにか、近くのフルーツ輸出用木箱の工房に連れて行ってくれた。
イランでは子供もよく働く。ここでも2人の子供が手伝っていた。
工房をあとにし、車に乗ると、「アイスは好きか?」と聞かれた。「まだ食べてない」というと、
途中でサフランアイスを買ってくれた。とても粘り気があり、
食べた後にパエリアの味がする不思議なアイス。
半分で堪能したけど、せっかくなので最後まで頑張る。たしかにおいしかったけど、甘かった。
冷たくすると甘味は観じにくくなるのに、あの甘さだから相当お砂糖入っていたはず。
◆貴重な資料の残る、ヴァーンク教会
ジョルファー地区のヴァーンク教会へ。教会内は撮影できないらしいので、カメラはしまっておく。
20000Rlsが10000Rlsに。まずは教会内部へ。アラベスク文様の壁に宗教画が多数飾られており、
イスラムとキリスト教がミックスされているおもしろい教会だ。
隣の博物館には祈りの言葉のかかれた髪の毛(顕微鏡でみた)や世界最小の聖書など、興味深いもの多数。
騎馬民族などが描かれたものも多く、中国的だと思うのは昔は同じ文化圏に位置していたからだろう。
ただ時間の都合で、10分位しか見れなかった。
(あとで聞くと、ここでもチップを払えば撮影できたそうだ)
◆サマデネジャデ一家との出会い
12時になった。行きと同じ場所まで送ってもらい、「じゃー明日!」と別れる。
きれいな絵本を買い、ポストカードを選んでいると、「日本人ですか?」とイラン人に声をかけられた。
いつもなら日本語で話しかけられると警戒するが、怪しい感じはしない。非常に流暢に話す。
「日本人の奥さんがいるんですよ」
「今はお一人なんですか?」
「いえ、奥さんはホテルにいます。もしよかったら遊びにきてください。アッバースィーの319号です」
「…じゃあ少し待ってもらえますか?買いものしたら今からいってもいいですか?」
「大丈夫ですか?邪魔してしまってすいません」
「いえ、どうせ一人でぶらぶらしてるだけだから」
というわけで彼についてホテルの中へ。少し後ろを歩きながら、アッバースィーの中を見て歩く。
「まゆみちゃーん、お客さん」…「まゆみちゃーん…」
しばらくしてドアがあいた。中は見えない。
「うそー。スカーフしてないよー」
あ、日本語だ。よかった。
「日本人だから大丈夫」
「うそでしょ???」
そんなやりとりが聞こえてきた。
「どうぞ」…「おじゃましま…す」
中に入る。ああ、日本人の奥さんだ。
「こんにちは。突然おじゃましてすいません」
奥さんは真由美さん。ベッドには赤ちゃん(ティナちゃん)が寝ていた。
彼はスィアヴァシ(以下シア)さんという。
名字がサマデネジャデ。
日本ではダンプの運転手をしていたらしい。彼等も旅行中で、
シーラーズとイスファハンを旅行してあさってテヘランに帰るのだという。
「一人〜?すごいね。私なんてこの近く歩くのも危ないっていわれるよー。」
「危ないよ〜」
…イラン人も危ないっていうなんて、ちょっと不安になってきた。でも大丈夫。
しばらく話しをし、ジュースとお菓子をいただく。写真をとり、
アドレスを交換して、テヘランの見所なんかを教えてもらう。
一足先に帰るので電話して、と電話番号をかいてくれた。
「そしたら一緒にホテルも探せるし、車もあるから」
再会を約束して、再び外に。
◆いざ、エマーム広場へ!

エマームをみなきゃ。というわけで歩いた。2時半ごろは歩いている人も少ない。
じりじりと熱い日差しを受けながら、ずんずん歩いて行った。
途中、はんこやさんを見つけたので、つい「そうだ!自分のはんこをつくろう」と思い立つ。
英語が全くできないお兄さんと、少し分かるおじさん、分かってるのかどうかも分からないお兄さんが
よってたかって相手をしてくれる。飾りのついたのがほしかったので、これと指すと、こ
れは3日かかるというようなことを言った。7/7までここにいるということをなんとかわかってもらい、
5000Rlsはらってレシートを受け取る。
「7/7の11時だよ!!」ということで、無事(?)注文できてよかった。
エマーム広場についた。広い敷地はぐるっとショップがならび、その間にモスクが2つ
(マスデジェエマームとマスデジェロットファン)、アーリガープ宮殿がある。
明日の午後ツアーでここに来るので、とりあえず外観だけを愛でる。きれい〜。
4〜5年前に本で見て、ずっと本物をみたかったエマームがこんなに近くにあるなんて!!!
2人のカーペット売りに、日本語で声をかけられたが買う気もないのでバイバイする。

この日は一通り見た後、ホテルに帰る。もっと近かったらいいのになあ。
帰りにまたメロンジュースを飲んだ。
ホテルに帰ると、部屋をチェンジしたという。
105の部屋に荷物は全て(食べかけのピーナツまでも)移動してあった。
道路に面した明るい部屋。これぐらいの広さのほうが落ち着くかも。
橋は残念ながら木が邪魔して見えない。
この日もホテルのレストランにいこうとおもったけど、8時から、といわれたのでとなりのピザショップへ。
愛想のいいウェイターさんが、食事はあと10分まって、という。チャイを頼み、
待っていると「いいよ、何のピザがいい?チキンとマッシュルーム?」
それでいいといい、シーズンサラダとドリンクも頼む。
レストランの愛想悪いおやじが入って来て私に気付く。
客とられちゃったね〜。
ピザはボリュームがあり、おいしかった。サラダもこっちのほうがおいしい。
となりのレストランは8時半を過ぎてもだれもいない。やはりホテルの食事は高いからだろう。
ピザを半分残し、テイクアウトにしてもらう。きちんと箱にいれ、
ケチャップとフォーク、バナナガムまでくれた。
13000Rls(約170円)。安い、食べるものは。
7/6◆イスファハンベスト3のホテル

今日はホテルをチェンジする。アーリガープホテルはベスト3に入るといわれているけど、
SUITEホテルと同じ値段なので泊まってみたくなったから。
朝にチェックアウトを済ませ、大きな荷物をもって約10分程歩く。
アーリガープにいくと、昨日予約したのに予約はないという。まあよくある話だ。
キャッシュで払えるか?ときかれ、はいというとOK。
277の部屋に通された。さすがに高級感がある。スタッフの対応も洗練されてる(っていうか高級ぶってる??)
ボーイのおじさんはいい人そうだ。にこにこと荷物を運んでくれ、チップを渡すと、
恐縮しつつ受け取って、
冷蔵庫の中味やお湯が出るかを全部確認してくれた。
あとでドリンクを補充しに来るといって去っていった。
しばらくまっていると(2分後といって、30分後にやってきた)、ドリンクが補充された。
意外と街中で買うよりも安いのは、ぼられてるのかも知れない。
その後、街へでた。
日本への手紙を出したかったので、スィーオーせ橋のすぐ近くのポストオフィスに切手を買いに行く。
日本まではハガキ500Rls、封書1700Rls。でもイタリアとドイツにも出したけど同じ値段だったので、
エアメールは一律料金なのかもしれない。
◆ハシュトベヘシュト宮殿
アッバースィーホテル裏の公園にある、ハシュト・ベヘシュト宮殿へ。
中には入らず周りをぐるっと見て回る。
レリーフやタイルワークが美しく、虎の絵なども描かれている。
多くのイラン塵家族がのんびりと過ごしていた。
エマーム方面へと、昨日とは違う道から歩いて行った。
裏道だと思っていたけど広く、車もびゅんびゅん走っている。
道路の間にはちょっとした緑も噴水もあり、きれいだ。
博物館も横を通ったけど、あまり魅力的でないと書いてあったので、そのまま素通りし、
エマーム広場へ。
廻りのバザールをあちこち眺め、ガラムカールとソウハーンを買う。
そしてついに憧れのマスデジェエマームを目の前に見た。想像以上に美しいミナーレに感激。
夕方来るので、中には入らず外からの眺めを堪能した。
ミーナーカーリのショップの前を通ると、作るところをみにおいでと中に誘われた。

写真を撮り、小さな壷の値段を聞く。10US$?!高いでしょ。後で来るといってその場を去る。
ハータムカーリーの店をのぞき、気に入った筆入れ(3US$といわれた)と、
小物入れ2個を合わせて買う。ミニチュアールのアクセサリーも買った。
今日の夕方またくるので、ホテルの近くのバザールや、本屋さんなどを見てあるいた。
ホテルの隣のお菓子やさんで、シュークリーム、ロールケーキ、ラスクを買う。
3つ合わせたグラム売りで、1500Rls(約20円)。
◆イラントラベルのアフタヌーンツアー
ホテルには昼過ぎにもどってきた。
買ってきたお菓子を食べる、シュークリームは甘さ控えめでとってもおいしい!
友達に8通の手紙を書いたあと、ついうとうとしてしまい…気がついたら4:20!!
しまった!4:00からツアーに行くことになっていたのに!!
慌てて部屋を出、とりあえず手紙だけ投函して、イラントラベルのオフィスへ!
オフィスではみんなが心配して待っていてくれた。
「どうしたのかと思ったよ!!ホテルにでんわしたけど、もうチェックアウトした後だといって」
「ごめんなさい!!ホテルはチェンジしたの。」
さんざんあやまって、出発。私一人とはいえ、ドライバーさん(と付いてきた小さい子供)、
ムシュハドさんに悪いことしちゃった。
◆チェヘルソトゥーン宮殿
まずはチェヘルソトゥーン宮殿へ。ここは迎賓館として使われていたそうで、
宮殿前の池に20本の柱が映って40本にみえることから付いた名前らしい。
入場料は20000Rlsの割り引き、10000Rls。建物を前から見ると
屋根の部分なんかすごくゆがんでいる。
中にはいると、壁一面に絵がかいてある。3枚は、近隣諸国の王との会見を描いた図、
もう3枚は戦いの図だった。修復された部分ももちろんあるが、昔のまま残っている部分もある。
入り口はミラーばりのムカルナスで飾られ、天井もとてもきれいだった。
◆アーリガープ宮殿
次にアーリガープ宮殿へ。
入り口はエマームのバザールの一角にあった。ここでも20000Rlsを10000Rlsにしてもらい、入る。
螺旋階段を5階まで登るとさすがにつかれる。でもテラスからの眺めはすばらしく、
昔の王はここからポロを見物したということだ。エマーム広場全体が見渡せ、
モスクもはっきりとみえる。床には噴水があり、川からの水が出てくるようになっていたらしい。
壁に描かれた女性の絵も非常にペルシャっぽい。ここには音楽用の部屋もあり、
音がうまく吸収されるようにきれいに穴が開けてある(弦楽器の形のようにみえた)。

一通りみて、いよいよマスデジェエマームへ。
◆マスデジェエマーム

ここも20000Rlsを10000Rlsに。ただここで初めて「学生証は?」といわれるが、
ホテルに置いてきたといってくれたので何とかOK。
中に入る。どきどきした。まずは水をためてあったという鉄の瓶に出あう。
右手に歩いて行くと、ブルーと黄色、緑、白のモザイクタイルで覆われたアーチ状の通路になった。
きれい。それを抜けると中庭に面して2つのメナーレが現れた。はあ〜きれい。
私の周りは一面のブルーだ!!
正面にはいかず、右手の奥に進むと、修復中のドームのタイルが乾かしてあった。
すべて手作業で型取り、彩色、取り付けが行われているそうだ。屋根の型も見せてもらった。
中を通って、ドームの下へ。
このドームは遠くの方の人にもよく聞こえるように(例えばコーランなど)2重になっており、
声が反響するのはもちろん、紙をはじく音も非常によく聞こえる。ただ、なぜ壁にスピーカーが
あったのかは謎である。もしかしてより効果を強調するために、マイクが仕込んであったのだろうか。
中庭を左にいくと、マドラセがあった。ここから見上げると、ドームの屋根もきれいにみえる。
充分に堪能し、再びブルーの通路を通って外へ。
もっと居たかったなあ!!
◆マスデジェ・シェイフ・ロトゥフォッラー

今度は王族の女性達専用のお祈りの場、マスデジェ・シェイフ・ロトゥフォッラへ。
エマームのような豪華絢爛さはなく、メナーレもないとはいえ、
やはり内部のモザイクワークは見事である。
天井近くの窓からはいる光が作る、ほんのりとした薄暗さもより荘厳な雰囲気を醸しだしていた。
女性達は正面のアーリガープ宮殿から、地下道を通って人に会うことなく
このモスクにお祈りをしにきたということだ。
◆バザール内の工房
そのあと、バザールへ。タイル職人の工房に連れていってくれるという。
途中でギャズを買い、あちこちの職人さんに写真をとらせてもらったりしながら、タイル工房へ。
休憩中だったけど、わざわざ実演してみせてくれた。全てフリーハンドの作業である。
色は彩色段階では非常に淡いパステルだけど、焼くと鮮やかなブルーやイエローになるということだ。

輸出用カーペットの倉庫など、あちこち見る。「アイスクリームとチャイ、どっちがいい??」と聞かれ
迷わずチャイに。
ぐるぐると通りを歩いて行くと、あやしい雑貨屋さんのように、天井から無数のランプや飾りもの、
小錦の写真などが飾られたチャイハネについた。
みんな水たばこをすっている。いいなあ
こういう雰囲気。なかなか一人でくるのは難しいからね。

写真をとるとみんな一瞬こっちをみたけど、またたばことおしゃべりに夢中になる。
途中で女性が一人、男性と一緒にきて奥の部屋に席をとった。
「今日はたくさんの場所で、学生割り引きにしてあげたなあ。」彼がそうつぶやく。
チップねだりモード?休んだので外にでたいといった。
日本の本にも載ったことのある職人のいるガラムカールの店は、
バザール入り口からすぐ右手を入って左におれたところにあった。
写真を撮るポーズも決まってる!テーブルクロスは1枚70000Rlsといい、ドルだと12US$だという。
「今日は急いだのでお金をもってない、明日来る」という。
そしてオフィスまで車で帰った。
ムシュハドさんは、ホテルまで送ってくれようとしたけど、買物をしたいので途中で「じゃあここで」という。
「もし楽しんでもらえたならチップを…」「ごめんなさ
い、今日はお金をすこししかもってないの!だって遅刻したでしょ、ホテルに置いてきたの。
もし今晩考えて明日もガイドが必要なら、あなたに連絡するから…!」
「そうか…それじゃあ。また。」
彼には少し悪いことをしたかな。テヘランのAITOのホーシャンに5US$払うなら、彼にあげたかった。
お菓子やさんでソウハーンを買い、ホテルに戻る。
7時半を回っていたので、レストランへ。昨日のホテルよりも高級感があり、値段も高い。
KANNEL CHICKIN (フライドチキンと人参グラッセ、ポテトフライ、マッシュルームソース)、パン、ヨーグルトと
SHALLOTのサラダ、コークで18100Rls(100Rls負けてくれたので、約235円)。
ここでも半分ぐらいしか食べられなかった。
部屋に帰り、荷物の整理をする。イスファハンはあと1日、明日はゆっくりしよう。
7/7◆イスファハン最後の日
朝は9時過ぎに目覚めた。昨日のお菓子の残りを食べ、エマーム広場へ。
今日はみんなのお土産をかわなきゃ。
昨日のガラムカールの店にいく。男の子(Jehad君)は覚えていてくれた。

テーブルクロスサイズを2枚買い(10US$)、写真を撮る。たまたま店にきた他の男の子達が、
「日本人?」と喜んでいた。
別の店で、ハータムカーリーのボールペン、キーホルダーを購入(1つ2000Rls)。
この店のお兄さんは両頬にブラックジャックのような傷があった。昨日通ったのと同じバザールの道を歩く。
お店のおじさんたちも珍しそうにみている。服や靴は、残念ながら欲しいものはなさそうだ。
相変わらず、カーペットやの前には日本語のできるオーナーがいる。「みるだけ、お茶を飲むだけに来て」
カーペットは確かに安く、欲しいんだけど何しろ荷物になるから。
一番安いウールの玄関マットなら100US$以下でも買えるのに。
昨日とは違うミーナカーリのお店を発見。この店の男の子は非常に早口で英語を話す。
一輪挿しのような壷が70000Rls。う〜ん、どうしよう。一応、「今日が最後だから60000Rlsしかない」といってみる。
60000Rls(約780円)になった。高いか安いかは分からないけど、欲しかったのでいいや。
時計にもひかれていたんだけど、もって帰るのが重いので。
歩いていると時々声がかかる。「ナカタ・オシン〜!」
はんこ屋さんにいった。おじさんはすぐに私のはんこを出してくれた。うん、できてる。
「か〜お〜り〜、う〜だ〜」といったので、ちょっと気になったけど、どうせ誰も読めないのでいいや。
お礼をいい、エマームをもう一度眺めてホテルに帰る。帰り道、またメロンジュースを飲みに。
店のおじさんは見るなり微笑んで、メロンを指差した。
この日は昼からゆっくりした。暑さで疲れてきたのと、買い物も終わってしまったので。
テヘランは博物館しか行かないつもりだけど、リアルも少しは残しておかなきゃいけないので。
◆イスファハンの感想
イスファハンはもっと埃っぽいかと思っていたけど、意外とクリーンで、緑や花も多く、
とてもきれいな町だった。積極的に水をまいたり、噴水を作ったりと努力しているからだろう。
貧しい人をあまり見かけないのはイスラムの精神(貧しい人には富めるものが喜んで施しを与える)が
息づいているからに違いない。中東といってもイランはアジアの一国なので、デザインや絵画が
私の思う「アジア的・中国的」なのは当然のことかもしれない。でも中国からの輸入品なのでは
と、つい思ってしまう。
昨日ガイドさんに「イスラム教は宇宙からのパワーを感じる宗教だが、仏教とはどういうものか?
私は非常に似ていると思うのだが」といわれ、うまく答えることができなかった。宗教はこの国
の人たちの生活の一部(というより生活そのもの)だが、日本では宗教はあくまでも個人的なも
ので、私自身、仏教について深く考えたことがなかったため、こういう質問にはとまどってしま
う。でも文化として仏教のことを知ることも大切なのかもしれない。旅行の間、手には数珠ブレ
スを欠かさないんだけど。
こっちにきたらもっと街中のレストランで食事を…と思っていたけど、あまりにも「熱い」視線
を受けるため、結局ホテルで済ませてしまった。外国人はこの国の人にとってまだまだ好奇の対
象である。男女を問わず、じーっと見る人が多い。一昔前の日本と同じだ。(滋賀県に住んでい
たため、外国人は非常に珍しい存在だったのを思い出す)
トイレも心配していたけど、結局高級ホテルに泊まったのと、日中は乾くのでほとんどトイレに行かず
にすんだため、イラン式のお世話になることはなかった。覚悟して殺菌剤まて持ってきていたん
だけど。
夜8時に下でピザを食べる。ベジタブルピザ、コーク、シーズンサラダで12500Rls。
やはり半分も残してしまった。
7/8◆イスファハンからテヘランへ
8:20にホテルのチェックインを済ませ、タクシーで空港へ。タクシーは25〜30分位乗っていたの
でほんとに空港に連れてってくれる??と少し不安になる。
空港についた。20000Rls。きっと高いはず。空港への入り口が分からなかったので運転手さんに
教えてもらい中にはいる。
荷物をX線に通し、ボディチェックを受けてロビーへ。思ったよりも広く、きれいな空港だ。
まだ時間があるので、しばらく待つ。1時間前のチェックインの時には結構人が来ていた。
1人で8個も荷物を預ける人がいたりして、なかなかチェックインできない。
荷物は預けなきゃいけなかったけど、「Safety??」と聞くと、割れ物注意のシールを貼ってくれ
た。でも預けちゃうと楽なんだけどね。本当は。
英語のできる人が声をかけてくれたので、搭乗場への入り口をきく。分かりにくかったけど、係
の人が現れて解決。再びボディチェックを受け、中に入った。
中には売店が一個、ホメイニ師とハータミー大統領の大きな写真が正面に飾ってある。
離陸の時、後ろに座っていた団体が、一人を先頭に祈りのような言葉を叫ぶ。
「□○△×…アー、アッラー、メッラー(のように聞こえた)」を5.6回。
今回の機内食はツナサンドとチョコウエファース、ヨーグルト、そしてサワーチェリーのジュー
ス。今回はそんなに甘くなく、全部食べることができた。
着陸時にも、お祈りの言葉は唱えられた。
◆テヘラン到着・サマデネジャデ一家との再会
50分でテヘランへ。ついてすぐに真由美さんに電話(無料)をかける。
「もしもし〜。かおりです。今テヘランに着きました!」
「あーじゃあ、今から真由美ちゃんと迎えにいきます。」
連絡とれてよかった。そして覚えてくれていて、よかった。
荷物を受け取り、出口へ。
タクシーの呼び込みを5回位受けつつ、空港の出口をでないで中で待つ。来ないなあ…。
結局30分後位に来てくれた。あ〜よかった。
シアさん、まゆみさん、ティナちゃんの3人で来てくれた。「遅くなってごめんね〜」
再会を喜びつつ、シアさんの友人の、有名なピザやさん(CM放送もしていて、
このピザを食べにだけテヘランに来る人もいるらしい)に行った。(右がトレー
ドマーク。お店の名前とかペルシャ語で分からないので、プリントアウトして持
っていこう!きっとみんな知ってるはず…???)
サラダを食べかけたけど、やはりテイクアウトして、おうちで食べることに。
「もしよかったら、うち部屋あるから泊まって」
「え…でも迷惑かけちゃうし…」
「とんでもない!無理に勧めたら悪いけど、気に入ったら泊まって」
と嬉しいお言葉…結局泊めてもらうことになった。
おうちはテヘランの北の高級住宅地街にあった。マンション(メゾネット)様の家は家具つきで
借りているということで、ゴージャスなモデルルームのような部屋に感動。
改めて、ピザを食べる。おいしい。でも大きいなあ。ポテトチップスにチーズをたっぷりかけた
ものもあったけど、ちょっと私にはヘビーすぎた。

お腹もいっぱいになったので、旅行のビデオを見せてもらう。シーラーズやペルセポリスなど、
今回旅行されたところ。ペルセポリスはとても広い敷地のようだ。しかも暑そう!!でもいつか
行ってみたいと思う。シーラーズで、ペルセポリスに一番安く行ける方法はないかとタクシー相
手に粘っている汚い格好の日本人パッカーがいたとかで、シアさんは「あんな日本人は始めてみ
た」と驚いていた。最近猿岩石とかの影響で日本人のバックパッカーが増えてるようだけど、あ
る程度で妥協する姿勢ももたないと、命の危険にさらされてしまうことになるので注意して欲し
いと思う。現地の人と同じ値段で行動するなんてたいてい無理なんだし、経済格差についても考えてみるべきだろう。
シアさんが夕方から出かけたので、お留守番する。トルコテレビをみたり(お隣の、しかも同じ
イスラムの国なのに、ずいぶんイランと違う。セクシーな服装や肌の露出もここではOK。イラ
ンテレビでは、例えば洋画を放映していても、ちょっとセクシーなシーンなどはカットされちゃ
うらしい)していた。
まゆみさんの日本での話もきいた。
結局シアさんが帰ってきたのは午後10時半ごろ。それから晩ご飯を食べる。まゆみさんお手製の
イラン料理「レシュテ」はモロッコのハリラにそっくりなスープ。「ゴルメサブジー」は緑の
葉と豆、チキンを煮たもの。それとチキン、玉葱とゼレシュクをいためたもの。そしてサフランバターライス。おいしかった。たくさん頂いたつもりなのにやはり余ってしまった。
みんなで「石の公園」に出かける。時刻は11時半頃。しかし、通りや公園にはたくさんの人がい
る。イランの人は、夜涼しくなってから出かけるのが好きだということで、こんな時間でも公園
のそばのお店は空いており、小さな子供を連れた家族もたくさんいる。

「石の公園」には車で20分ほどでついた。すごい、初詣でのような人出だ。
石畳の道(わりと急な坂道)を登っていき、日本語で話しているとまるで日本にいるみたい。まゆみさんと2人、日本人がいるのでやはり人目を集めてしまう。しばらく登ると、夜景が見えてきた。テヘランの夜景はきれいだ。
「テヘランは夜景だけきれいなのよ」とはまゆみさん説。
しばらく眺めて、来た道を戻る。
帰り道、メロンジュースを買ってもらい(もう2時すぎなのにまだ開いてる!)家に帰った。
明日はみんなで博物館などをめぐることにして、眠った。なぜあつかましくもここに泊まって
いるのだろうと、少し疑問を感じながら。
7/9◆テヘラン観光
9時に起床。朝ご飯(うすいパン、バター、生クリームみたいもの、チーズ)と昨日のピザの残
り、そしてチャイ。
食事のあと、博物館にでかけた。
◆アーブギーネ博物館

アーブギーネ博物館についた。
門のところには、銃を抱えたガードマンがたっていて何だかものものしい。
「この銃は本物??」という英語も解ってもらえず、ただにこにこと「入り口はあっち」のように指をさす。
車を停めていたシアさんが来たので中に入る。扉の近くで日本人の男の子に会う。
「こんにちは」。
チケットは何も言わなかったので私だけ20000Rls、イラン人料金は外人料金の10分の1、
だから2人は2000Rls。いいなあ…。
ここはイラン及び周辺国各地で見つかったガラスや陶器を展示してある博物館だ。こじんまりした建物だが、入って正面にはサーキュラー階段と大きなシャンデリアが控え、なかなかゴージャスな雰囲気。チケット売り場から入っていくと、指輪やポットなど、さまざまな工芸品があった。
正面左の部屋は小さなガラス瓶がきれいにディスプレイされていて、とてもきれい。こういう博物館でもフラッシュを使わなければ写真は撮っても大丈夫。でもこのぐらいの明りでフラッシュがないと、うまく撮影できないかもしれない。
階段を登ると、「涙壷」があった。戦地に赴いた夫を思う妻が毎晩流す涙を溜めておいたという、なんともせつない話をもつものである。
ぐるっとまわって、外に出てきた。
やはり外は暑い。博物館の近くで本物の「ファンタオレンジ」を飲んだ。
車の中から見えるフルーツ屋さんのディスプレイがとてもかわいい。店先できゅうりを食べているおじさんもとってもいい味を出していた。
◆考古学博物館
次に考古学博物館へ。
2つ建物があり、まずはイスラム前時代から。試しに学生だと言ってもらうと、半額になった!
(30000Rlsから15000Rlsに!)ここにはペルセポリスなど、イラン各地から出土された本物の貴重
な発掘資料が展示されている。ここでも写真はOK。なんともおぞましい、白髪のついた人の頭
のミイラや足が入ったままのブーツ(もちろんミイラ)などもあった。
イスラム後の時代は3階建ての大きな建物に収めてある。カーペットや、衣服、陶器や大理石のメ
フラブなど盛りだくさんの内容。ひとつづつ見ていると疲れてしまった。
各地に赴かなくても、ここにくればすべて見ることができる。考古学ファンじゃなくても堪能で
きるボリュームだ。ちなみにこの日は金曜だったけど人は少なく、私たち以外にいた5人ぐらいの
うち日本人は2人、あとイスファハンで見かけた北欧系(多分)の男の子がいた。他の施設は休み
のところが多いから、博物館に来ることになるのだろう。
何か食べようということになり、途中でサンドイッチを買ってきてもらう。こっちのサンドイッ
チは大きなコッペパン型のパンで作られる。私のはハムとサラダのサンドイッチ。おいしかっ
た、大きいけど。
◆エマームホメイニの霊廟
そのあと、エマームホメイニの霊廟へ。

市内から40分位走ったのだろうか、突然目の前に黄金のモスクを中心に4つのモスクが現れた。
すごい!なんだか龍宮城のようだ。念のためチャドルを抱え、中に入る。男女別の入り口で靴を預け、荷物を検査される。まゆみさんはお財布の中を開けられ、私はカメラをじっくりみられ(フィルム抜かれるかと思ったのであわててまゆみさんに「撮らない」といってもらう、が撮影はOKだって!!)そして中へ。
シアさんは携帯電話を持っていたので入れなかった。
それで2人でホメイニの眠る棺に近づいていく。体育館のようにひろい内部は一面の大理石。多くのイスラム信者が寝転んだり、ナマーズ(お祈り)したり、おしゃべりしたりしている。みんなが見ている中で記念撮影。ホメイニ氏の棺は格子のさく中に安置してあり、回りにはたくさんのお金(喜捨)が投げ込まれている。まゆみさんに棺の写真も撮ってもらった。
外に出る。暑い〜!!焼けるような暑さだ。でもこのスカーフとマントは日差しをよけるのにとても役にたっている様な気がする。
シアさんの弟が眠るお墓が近くにあり、そこにも訪れた。イランでは市の一カ所に墓地を有するらしく、とても広大な敷地の中にハウスタイプのお墓(ファミリーで入る。高いらしい)や遺影つきのお墓、陳列ケースみたいな中に写真や飾りものをならべたもの、いろいろある。イランでは土葬で、遺体には白い布を巻き、そのまま埋めるのだという。焼くのはかわいそうだということだ。
お墓は新しく増設したと思える土地にあった。ここはいたってシンプルに土の上に黒い石だけが置いてある。
車がなければお墓参りをするのはぜったいむりだと思う。入り口からもこんなに遠いのだから。
◆チャドル着用必須のイスラムモスク
次に市内に戻り、別のイスラムモスクへ。
ここはチャドル必須。スカーフをぎゅっとしばり、その上に借りたチャドルをかぶる。
慣れないもので中のスカーフが後ろにどんどんさがり、しかも裾をふんづけてこけそうになる。
そして布一枚とはいえ、暑さ倍増!てるてるぼうずのような格好で中にはいる。
ここでも靴はぬいではいる。
外観はさっきのほうが豪華だったけど、内装はこっちの勝ち。棺は3つ見たが、すべて鏡張りのきらきらの部屋に安置されている。床はやはり大理石。女性ばかりの部屋の片隅でスカーフを直す。でもうまくかぶれないのでチャドルを深くかぶり、何とか外にでた。
◆イランの一般家庭訪問

晩ご飯はシアさんのお母さんの家でごちそうになることに。
団地(マンション?)の敷地に入るのにも厳重なチェックをうける。
エレベーターで上がり、ドアの前で遊んでいたマーサちゃん(シアさんの姪1)にあいさつ。はにかみながらじっと見ている。
ドアを開けると、お母さん、お兄さんとそのお嫁さんが迎えてくれた。「サラーム、ホシュ・バフタム、カオリハスタム」一生懸命言ったけど果たして通じていたのかどうか…。
実は私のことはまゆみさんの昔の友人で、イスファハンで偶然出会ったといってあったらしい。お姉さんは「すごいわ、こんな遠くの地で出会うなんて!!!」と非常に感激していたということだ。
いまさら本当のことは言えない。
中にはほとんど家具はなくペルシャじゅうたんが敷いてある。パソコンとプレステはシアさんの20歳の弟のもの。1歳半のハーディスちゃん(シアさんの姪2)は寝ていたが、目覚めて目にした見慣れぬ来客に、ぼうぜんと固まったまま見ていた。
ご飯までプレステをしたり、パソコンで遊んだり、マーサちゃんに折り紙を折ってあげたりして(鶴や紙風船、手り拳など、とても喜んでくれたみたい)過ごす。このころには小さい子もだいぶん馴染んできた。
ハーディスちゃんのおもらし、というハプニングもあったが(部屋はお祈りにも使うので、よごしたらきれいに洗わなければならない。それでカーペットを水で洗ったりと、ちょっと大騒ぎになった)、「誰がおもらししたの?」「おばあちゃん」の答えがかわいかった。
9時半ごろに晩ご飯に。スープは麦入りのレシテ、ホレシュテモルグ(チキン煮込み)とポテトフライ、にんじんグラッセ、サブズィーホルダン(にらやハッカなどの葉をそのまま食べる)、ブレッドにサフランバターライス。ヨーグルトとキュウリのサラダ。
ライスの上に人参、チキン、ポテトをおいてもらい一緒に食べる。とてもおいしかった。
スーパーが開いていれば行こうと思っていたので、帰ることに。
英語が全く解らないみんなと、ペルシャ語が全く解らない私だけど、折り紙とかパソコンとかのツールを使ったり、シアさんに通訳してもらったりして、本当に楽しい時間を過ごせた。
「言葉は通じなかったけど楽しかったわ」シアさんのお母さんの言葉にうなずく。
みんなに見送られ、帰路についた。
スーパーは金曜のためか9時で終わっていた。それで家に帰る。
明日の朝は6時半にでなきゃならない。車で送ってもらうのでみんな12時すぎには眠りについた。
7/10◆名残惜しい、イラン最後の日
朝、6:20…え、さっきは4:30だったのに!!
慌てて起きて着替え、荷物をつめる。みんなもう起きてるみたいだ。寝過ごしてしまった。
目覚まし時計を恨みつつ(ほんとに鳴った?)無事に用意を終えて出ていく。
「おはよう」ごはんは遠慮して、お茶だけ頂く。まゆみさんとはこれでお別れ。空港にはシアさ
んに送ってもらった。この時間はまだ車も順調に流れているけど、もう少ししたら渋滞するそう
だ。テヘランの交通渋滞は相当なものだという。
30分位で空港についた。入り口まで見送ってもらう。カーペットを持って入ってくれたらお礼す
るとか言ってきた人がいたけど、余計なトラブルは嫌なので断わる。
日本での再会を約束して、空港内へとむかった。なんだかあっという間の2日間。シアさんもまゆ
みさんもずっと前からの友人のように思える、ほんとにきさくな人たちだった。いい出会いがあ
ってよかった。
チェックインを終え(荷物は持ち込みたいというと「はんっ!」と言われたけどとりあえずO
K。)搭乗口近くまでいく。免税店があったのでのぞく。じゅうたんやイランの土産もの、本な
ども売っている。キャビアは見本しかなく、置いて無いのかもしれない。
コーランのCDだけ買った。コーランはどれもきれいで1冊欲しかったけど、重いのであきらめた。
(それに読めないし)
1時間前にボーディング開始。セキュリティチェックを受け、中へ。
隣にすわったおじさんに、「マレーシアまでどれぐらいか、時差は?向こうは空港タクシーやバ
スなんかあるのか?いくら?」と聞かれるが、時差はわかるけど、交通手段は解らない、マレー
人じゃないからと答える。
イラン人以外にマレーシア人の老人団体(なぜかみんなポリタンクに何かの液体をもっている、
全員!)すぐにボーディングが始まった。
飛行機迄のバスに乗り、搭乗。荷物は上のたなに入ったけど、どうも壊れていたみたいで(壊し
てない!)蓋が落ちてくる。乗ってからうとうとしてたらそのことで整備の人と乗務員がもめて
いた。整備員は「重いものが入ってるからだ!!」とか言ってるのだろう、直そうとしない。乗
務員はあきらめて、私の荷物を梯子が入っているたなに入れてくれた。(でも結局最後まで、上
のたなは開いたままだった)
となりにはさっきのおじさん、その横に女性。マレーシアの入国書類についてきかれる。「次の目的地
って?」と聞かれ、「今テヘランからクアラルンプールに行くでしょ?で、クアラルンプールから
次は?」「テヘラン」「じゃあここはテヘランになりますよ」女性が「 last emvacationって何?」
「テヘランですよ」「え???!」
信じないならいいよ。あなたはテヘランから搭乗したんじゃないの?!
機内食はチキンフライとチェリーのコンポート、サラダ2種、パン。ほとんどたいらげる。朝ご飯
たべなかったのでお腹すいてたから。
映画はイラン映画で、しかも英語の字幕もとても見づらかったので寝ることにした。
途中でフルーツの間食と、再び機内食。サフラン味のライスプディングやキッシュ風のもの、
サラダ、パン、など。
マレーシアまでは約8時間、トイレはとっても水浸しだった。
(ちなみにこの日、学生デモが始まり、テヘランでは大変な騒ぎだったことを翌日の新聞で知る。ラッキーだった)
………おまけ……… マレーシア編

マレーシアに着いたのは夜の10時過ぎ。90ドル両替し、入国審査を受け(簡単)
急いでホテルへの交通手段を探す。
たまたまエアポートコーチを発見。これは主要ホテルを巡回しており、25RMで行ける。
しかもホテルまで他の人と一緒なのでとても安心だ。
あと15分で出るので急いで乗り場へ。
バスにはすでに何人か乗っていたが私がのったあともさらに4.5人乗ってきた。
前の席にすわっていた人が日本人なのか、やたらとこっちをみる。
もうひとり日本人らしき人が近くにすわった。
約1時間程走って、コーチステーションについた。どうやらここでミニバンに乗り換えるらしい。
係の人だと思って声をかける「スイスガーデンホテル…って、あ、日本人ですよね??」さっき
の近くにすわってた人だ。「韓国だよ」
同じ方向だったので挨拶し、話しをする。彼(以下キム)は韓国人だけど、マレーシアにすんで
ウェブデザインの仕事をしているそうだ。日本人で英語でコミュニケーションがとれる人は珍し
いと喜んでくれ、ホテルのロビーでメールアドレスを交換。彼は敬虔なクリスチャンであり、今
回の旅行で誰かと出会いがあることを希望していたらしい。
お互いの趣味(コンピュータ)や話しが一致したこともあり、明日の観光に連れて行ってもらうことになった。(もちろ
ん少し大丈夫…?と思ったけど、話しの中でパスポートやクリスチャンカードを見ることができ
たので)
すごく眠かったので、キムと別れ部屋にいく。このホテルは日本で予約しお金も払ったけ
ど、6000円にしてはとても立派なホテルだ。予約はダブルブッキング!といっていたが、他の部
屋があったのでよかった。ホテルの予約はあまり信用しちゃいけない。今回は日本で予約してきたから大丈夫とは思ったけど。
あっという間に眠ってしまったようだ。
7/10◆マレーシア観光
朝、9時半に起き、窓を開ける。すごい、この部屋からはKLタワーもツインタワーも一枚の窓枠に
収まる大きさで目にすることができる。
コーチを夜8時に来てくれるように予約し、悩んだ末に昨日のキムに電話する。彼は11時半にロビ
ーに来てくれることになった。
11時半、チェックアウト。電話代0.85RMだけの支払いに、フロントも苦笑い。荷物をあずかっ
ておいてもらう。クロークのお兄さんは明るく、「一人なの?強いねえ〜」と大げさに驚いてみ
せた。
キムは11時45分にきた。「教会に行ってたから遅くなった!!」外には派手な4WD。そういえば昨
日友達のレーサーの車を借りるっていってたっけ。まさにレース用で、ステッカーがたくさんは
ってありとても目立つ車だ。これならどこに行ったかすぐに分かるから安心かも。
まずは、クリケット場や連邦政府がならぶ所で記念撮影。思うに韓国の人はたいそうなポーズを
とって写真をとるのが好きらしい。私はそんなことできないので、まっすぐたったまま写しても
らった。
昼ご飯の時間だったので、スターヒルのフードコートでマレー料理(ステーキ味のヌードル?)
とスイートコーンがのっかった練乳かき氷を食べる。氷はすこし心配なのであまり食べなかっ
た。
お金は…と聞くとディナーをおごってくれればいい、とのこと。まあそれぐらいならいいや。そ
れにただというより、そういってもらったほうが気が楽だ。
ダウンタウンをドライブしたあと、ちょっと足を伸ばすことに。
◆ヒンドゥー教の寺院、バトゥケイブ
「今日はどこに行くかしってる?ジャングルだよ。君は誘拐されたんだ。」など冗談にもとれな
い冗談をいいつつ車はバトゥケイブへ。
ここはヒンドゥーの寺院があり、切りたった崖がいかにも神秘的な場所だ。
非常に急な階段を登って上に上がる。キムがピーナッツを買った。「猿がいるの?」「君は前に
も来たことがあるの??」やはりお猿がいるんだ。猿は苦手だ。
上は空洞があり、鍾乳洞のような形をしている。あたまに黄色い粉を塗った人、おでこに赤い印
をつけた人、サリーを着た人…その中に中国人や日本人の観光客もまじっている。
コブラなどがでるので封鎖してある穴もあった。
おばあさんが苦行なのか、火のついた紙をもって台に乗せている。「試してみる?」できるわけ
ないでしょ。
階段までいくと、猿が現れていた。キムはピーナツを放っ
て遊ぶ。私は汚いと思いつつもてすりをしっかりもたないと降りることができない。なにしろ、垂直に感じるほど急な階段なのだから。
猿のまわりにはたくさんの人が集まってきた。みんなキャーキャーいいつつ、写真をとったりしている。
ようやく下におりる。
下で手を洗い、やしの実のジュースを飲んだ。スタッフはタミル人。挨拶をし、「ムトゥ」とかいったのが聞き取れたので「ラジニカーント!!」というとみんな大喜び。「君はミーナ(映画でムトゥの相手役)みたいに美しい」とお世辞までいただいた。あの映画は大好き。ビデオにとって何度も見ている。歌だって知ってるんだから。
◆バードパークとオーキッドガーデン
市内に戻り、バードパークへ。インコやオウム、フラミンゴなどさまざまな種類の鳥を観ることが
できる。校外学習だろう、幼稚園児が(スカーフをかぶっている子もいる、スモックは丈が長い)
走り回っている。非常に暑い、でもやはり熱帯という感じの木々の間を歩くことはそう悪くはない。
きっと珍しい鳥もいたと思うが、あまり詳しくないので、カラフルなオウムやピンクのフラミンゴ
しか印象に残っていない。
休憩しながら歩いた後、隣のオーキッドガーデン(植物園)へ。
さまざまな蘭の花以外にもハイビスカスやバナナ(?)の木などもあり、園内はとてものどかで、美しい。蘭にもいろんな種類があるんだなあ、と思いながら、シンガポールでも同じようなオーキッドメインの植物園に行ったことを思い出した。
ぼんやり歩いていると腕にかゆみが…。そう、非常に蚊が多かったのだ。蚊が気になってゆっくり
花を愛でている気にはなれない。熱帯の蚊は危険かも…と思い、歩くペースをあげて、園内を一周した。
ちなみにバードパーク入り口近くのトイレは有料(2セント)で、洋式とイスラム式(イランと同じ、ホースのようなものが壁についている)がある。わりときれいだった。
◆超近代的建物、KLCC
次にKLCC(ツインタワー)へ。オフィスだけでなく、ショッピングや映画
など様々な施設が入っている。
伊勢丹はちょうどセールの時期だったので非常に多くの人でごったがえし
ていた。
しばらく中をうろうろしたあと、つかれたのでお茶することにした。
ウォッカと檸檬のカクテルと、ジューシーチキン(チキンの唐上げ、かり
っとしておいしいけど、サンバルのにおいが後に残る)を頼み、広場の喧
騒を眺める。
ライブなんかもしている。肌の色の違う人達が大勢いるのは、マレーシア
という感じ。
時刻はもう6時すぎ。お腹もすいてないのでディナーは今度会ったとき、
ということになった。
少し広場を話しながら歩いた後、ホテルまで送ってもらう。メールを書く
と約束し、キムは帰っていった。
いい人だったなあ。疑って悪かった。
8時を少しまわってからバスがきた。
空港までは1時間20分ほど。チェックインを済ませ、出国手続きをし
(愛想悪い人だったけど、「タリマカシ〜」って言ったら反応してた。)結局
ほとんど使わずに済んだマレードルを免税品などで使い切る。
飛行機に乗ってから、自分のものは何も買わなかったことに気付いた。
お財布や時計、かばんとか行く前はいろいろ買うつもりでいたんだけど!!残念。
約6時間後に日本に到着。行くときにメニューを見て「帰りの朝食はぜったい
シーフードオムレツ!」って決めていたのに、和風シチューしかなかった…。
これが今回の旅行で一番くやしかったことかも?
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