●12/23 出発の日
朝10:25のフライトの為、8:20に関空につく。
クリスマス前のため、関空のあちこちにクリスマスツリーが飾られている。
クリスマスにも関わらず旅行にでかけることにしたのは、他でもない、
12/23の出発は安いから。彼には申し訳ない…と思うが、
安い飛行機代を選ぶ方が、正しい関西人の姿に違いない。
空港はすごく混んでいた。
小さなリュックとショルダー1個の私は機内預けなど当然ないのだが、
長い列の後ろに並んでチェックインに向かう。今回はシンガポール航空。
リコンファームは必要ないので気楽だ。
行きはバンコク経由のためシンガポールまで9時間近くもかかることになる。
シンガポールでは、市内にでればクリスマスのイルミネーションがきっときれいだろう…
と思いつつも、空港内のトランジットホテルをインターネットで予約しておいた。
これなら朝寝坊の心配もなく、安心して眠る事ができるはず。
シンガポール航空は座席の前に個人用モニターがあり、
すきなだけ映画やドラマ、音楽、ゲームを楽しむ事ができる。
洋画は日本語吹き替え版もあり、おかげで退屈せずにフライトを楽しむ事ができた。
バンコクで1時間半、トランジット待ちをしてシンガポールに到着。
外は雨だけど、暑い!!思い切り冬の格好をしていると非常にあつい。
Tシャツ一枚でもいいくらいだ。チャンギ空港内の多くのお店をうろうろし、
4時間ほど潰したが、疲れて来たので早めにチェックインすることに。
6時間単位の料金に2時間分プラスして、37.25US$(約4283円)。
バジェットタイプの部屋にしたのでシャワー・トイレは共同だけど、きれいで快適。
シンガポールのホテルは高いから、この料金でこんなきれいなところには
きっと泊まれなかったはず。ちなみにこの日のシンガポールドルは1S$=64円ぐらい。
7年ほど前に80円で換えて残っていたS$でコーヒーを飲んだ。
ついでに明日の便のチェックインも済ませておく。
●12/24 ネパール入国
朝5:30モーニングコールの少し前に目が覚める。
6:00すぎにチェックアウトし、カフェへ。フルーツケーキとカプチーノでUS4$。
S$で払うより100円ぐらい高いような…?!まだ朝早いため、ほとんどのお店は閉まっている。
ロビーにはスポーツTV(この周りにはサッカーやバスケのボール模様の
ソファーが並んでいる。)があり、たくさんの人がぼーっと座っている。
ゲートのあく8:00まで空港内をうろうろする。帰りに買う物を品定めしておいた。
ゲートでビザの申請書や入国書類をもらい待つ。日本人が多い。
中高年の団体はトレッキングだろう。何度も書類を間違ってはもらいに行き、
「ピザの書類」なんて大きい声で話してる。
ボーディングが始まって気づいた。ラッフルズシート(ビジネスクラス)だ。
早めにチェックインしたのがよかったのかも。広いシートで快適。
個人TVはないけど。昼食は怪しいインディアンフィッシュのグリーンチャツネを選択。
トランプももらってラッキーな気分。
ネパールが近づくと、機内から歓声があがった。窓の外にはヒマラヤ連邦の姿が!
どんどん大きく見えてきて、反対側の人たちも見に来て写真をとったりしている。
やっぱり山の見えるところにもいこうと今回のプランを考え直す。
カトマンドゥ到着。トリブバン国際空港はシンプルな空港。
ビザもすんなり取れ(US30$)、空港のホテル案内所で今夜のホテルを予約してもらう。
希望の場所と値段を告げると「分かったわ。探してあげる」といって、
うしろを振り向いたと思うと「はい、ここね」とあっという間にパンフレットがでてきた。
やけに日本的な名前のTUSHITA HOTELは税込みで16US$。
場所も悪くないしクリーンだというので、ここに決める。ホテルまでのタクシーもついている。
彼女が電話している間に両替。壁に大きくレシートは受け取ってねと書いてあるのに、
係のおばさんはレシートをくれなかったので文句をいうと、
「ここにきたら再両替してあげるから」。
ホテル予約のお姉さんに「レシートをくれない」というと、
「60US$ならきっと使っちゃうから大丈夫よ」といわれた。
タクシー乗り場にはホテル名を書いた札を持った男達が大勢いる。
ここで自分の目的のホテルのタクシーに乗っていく事もできる。
タクシー案内のおじさんにつれられて、TUSHITA HOTELの札を持った人のところへ。
なんの関係もなくついて来た男が、タクシーに乗りこむと「チップくれ」という。
「バーイ」と手を振るとあっさりと帰っていった。
タクシーの中で少し話をし、窓の外を見ていると、野良犬はもちろん、ヤギ、猿、牛たちが、
ごくあたりまえに風景に溶け込んでいる。埃っぽい。そしてとても暑い。
今日はネパール人にとっても暑いのだそうだ。
王宮前などを通り過ぎ、カンティパトのホテルに到着。入り口は一見わかりにくい。
でも中はレトロな感じでなかなか。タクシーの2人はフロントでお金をもらって帰っていった。
201号の部屋に案内してもらう。レンガづくりの階段を3階まであがる。
ツインの広い部屋。バスタブもあり24Hお湯もでるらしい。トイレも水洗。
これで16US$は満足できる。荷物をおき、少し薄着になって外にでかける。

明日はツアーに参加するつもり。
ツアー会社を探してカンティパトからタメル地区をぶらぶら、お店も見たりしながらあるく。E-MAILやインターネットも1分1RPと安くできる。日本にメールを送る。
タメルのお店はどこも似たような感じ。1人の男の子が「日本人?」ときくので
「香港!」と答え、そのまま歩く。
ついてくるので「一人にしてほしい」というとどこかに行った。はっきり言った方がいい。
ひしめきあう店の間に神様の像があったり、牛がごみをあさっていたり…
店は同じ種類で固まっているようで、服ばかりのところ、入れ歯(歯医者?)ばかりのところ、
電化製品や宝石のところと、同じ店ばかり隣どうしで並んでいる。
ぐるっとまわったけど、結局一番ホテルに近い旅行会社にいくことにし、
そのまま周ってホテルの方に歩く。
路上でほこりまみれのイチゴを売っている(誰が買うんだろう)人たちはたくさんいるけど、
本当の物乞いは少ない。途中の店で絵葉書を買い(一枚7RPS)、
知らないまにホテルの前を通り過ぎて、SUNRISE TOURISMへ。
隣同士、3軒ほどならんでいたがなぜかこの店にきた。スタッフにツアーを尋ねる。
「ツアー…」「??ツール?」そうそう、ツールだ。
1日観光のツアー(バスでいくツアー)を案内してもらい(250RPS)
ついでにあさって行く予定のナガルコットについて尋ねてみる。
「いいホテルはありますか?」で、でてきたのがUS$60のゴージャスなホテル。
「すごくいいけど、高すぎるわ…」というと、往復バス送迎付きのホテル
ELEFANT HEADを案内してくれる。800RPS。安い!
でもきれいで、眺めもいいというのでそこを予約することにした。
パンフレットには崖の上に立つホテルの写真が…大丈夫かな。
帰りにバクタプルに行きたいというと、バスで途中で降ろしてもらえばいいという。
そのへんの融通はきくらしい。
再びタメルへ。同じ道をあるいても面白くないので、たくさんの路地をうろうろしながら
ダルバール広場を目指す。さっきの男の子がいて「香港!」と声をかけて来た。
スーパーマーケットもあり、やはり定価だと買物しやすいのでここで水を買う。
ダルバール広場についた。生き神クマリの家、タダだっていうから入ってみる。
クマリの写真を撮る時だけ、お金が要るみたい。カービング(木彫り)の細工が美しい建物。
広場にはたくさんの寺院がたち、なんにもしないで座っている人多数。
私も座ってみる。なかなかいい眺めだ。寺院の横には巨大な牛も寝ている。


インドラチョークに向かう通りを歩いていくと
日本語で「こんにちは〜、ちょっと話ししませんか?」無視して通り過ぎると
「どうして〜!心せまいね〜!!」…他の人と話してください。
この辺りにはガイド希望のネパール人がたくさんいる。
インドラチョークにあるスーパーは、タメルにあるスーパーよりも価格が安い。
あちこちのお店を見ながら、ホテルに戻る。昼はあんなに暑かったのに、夜は寒い。
6時すぎ、ホテル1Fのレストランにいく。私以外誰も客はいなかったが、
真ん中の暖炉に薪をいれ、温かくしてくれる。
ネパリーミール(トムヤムクンのようなスープとダル(豆入りのカレー?)、
タルカリ(野菜のカレー)、スパイス(唐辛子のペーストのようなもの?)、
生野菜(これは食べなかった)、アチャール、ナンにフルーツヨーグルト、紅茶)で300RPS。
おいしいけどおなかいっぱいになる。スタッフみんなが暖炉のまわりに集まっており、
食べているのは私一人。「日本人か?」時々彼らが話し掛ける。

食事を終え、フロントでもう一泊すると告げる。「あさってはどこにいくの?」「ナガルコット」
「その次はバクタプルだね?…で、その次はここに帰ってくる?」「多分…」
「どうして多分なの?」
部屋にはテレビがある。ソニー製。インドのドラマやチャンネルがおおい。
お風呂のお湯は熱すぎるけど、冷たいよりましだろう。部屋はすごく寒い。
眠くなるまで布団をかぶってインドのドラマを見ていた。
●12/25 インド人だらけのツアー
今日はツアーに参加する。昨日10時には寝たのに朝も眠くて7時にようやく起きる。
腫れているけど寒い!テレビでやってたSAVIVORという日本の電波少年的なもの
(無人島で男女数名が一切れのピザや家族に電話する権利をかけてゲームをする)が面白い。
8:30にホテルを出て(またフロントのお兄さんに「明日はナガルコット…」と確認される)、
ちくさ茶房という喫茶店にいく。
2人のネパール人と日本人女性が一人「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
落ち着いて食事やコーヒーが楽しめる雰囲気のお店。
ホットチーズサンドとコーヒーを頼む(90RPS)。
私のあとで日本人女性が一人、欧米人男性が一人はいってきた。
ツアー会社に向かう。10分ほど早く着いたけど、中で待たせてもらう。
10時過ぎにスタッフにつれられて店の前の道路へ出て待つが、一向にバスはこない。
彼は何度も通りの向かいの店へ行き電話で確認してくれる。
「道路が混んでておくれてる」「客の誰かをピックアップするのに時間がかかってる」など、
理由を説明してくれつつも心配そうだ。1時間ほど待ってようやくバスがきた。
ローカルバスと変わらないオンボロバス。
席がいっぱいだったのか、一番前の助手席を空けてくれた。なんだか妙な雰囲気。
私以外はネパール人スタッフとインド人観光客だけである。
前の席のため、ガイドの説明は聞こえないがどうせヒンディ−語だろう。
…いや、英語でも説明しているみたいだ。
説明は聞こえないが、見晴らしはとてもいい。
時々チキンレースさながらに対向車線にはみだして、
ぎりぎりまで車線変更せず対向車とすれ違ったりする様子も見れて、
ついつい足に力が入る。スリル満点。

バスはまずパシュパティナートへ。
ガイドのリマール君は、僕に付いてこいと手招きする。
ここはヒンドゥーの寺院のため、異教徒の私は入れない。
他の客はベルトやカメラなど革製品をすべてはずし、くつを脱いで寺院の中へ。
私はリマール君ともう一人のスタッフと一緒に寺院裏へ。
川沿いにガートがあり、何かを焼いている。「ここで死体を焼いて川に流すんだ。」
その時焼いていたのかどうかは分からなかった。別ににおいもしていなかったし。
橋を渡るとサドゥ(修行者)がたくさんいた。
若いサドゥがこっちを見て片足で立ちあがり、
もう片方の足を首にかけて写真を撮れというポーズをする。
なんだか商売気ありすぎて、見るだけ見て通り過ぎる。「お金いるんでしょ」「もちろん!」
歩いていくと年取ったサドゥが石塔の中に座っている。写真やっぱり撮っとこう。
5RP渡して一緒にポーズを取ってもらう。
しばらく対岸のパシュパティナートを眺めてバスに戻る。
リマール君は他の客を案内しに寺院前に戻っていった。


バスの中には5人ぐらい男の人がいて、話をしていた。私の席を空けてくれる。
「日本人?こんにちは。日本のどこからきたの?大阪?あーあそこはいいところだね〜!」
うち一人が話し掛け、みんなに私の言った事を説明している。
どうやら英語ができるのは彼だけのようだ。そのうちにみんながバスに戻ってくる。
次のボダナートにはわりとすぐについた。バスを降りストゥーパ(仏塔)に向かう。
他の客からお金を集めていたのでリマール君に「いくら?」と聞くと「50RPS」と答えたので
渡そうとすると要らないという。なんでだろ?とりあえず入っていく。
マニ車を回しながら(けっこうまわすのって難しい!指を挟みそうになる)
ぐるっと周り、仏塔にのぼる。日本人らしき人がいたので写真をとってもらうことに。
「すいません…」「what?」あれ、日本人じゃないの?
「Couldyou…」「Are you from JAPAN?」「はい、そうです」「ああ、日本の方ですか…」
日本人に見えなかったんだろうか?彼も一人で来ているらしい。写真を撮ってもらう。
少し話をしていると他のツアーメンバーがきたので彼と別れて合流する。
ツアーメンバーと話をする。はしゃいでいるインド人はボンベイからきたらしい。
仏塔の上からゴージャスなハイアットリージェンシーの建物が見えた。

次にブダニールカンタールへ。ここもヒンドゥーしか入れない。
インド人観光客がカメラの持ち込みを警備員にとめられてあわや乱闘!という状況になった。
リマール君が彼らをなだめる。結構しっかりしてるなあ。
「インド人はすぐにかっとなるから大変だよ」後で言ってた。
一足先に近くのレストランにいき、ダルバートを食べる。(ネクターと合わせて65RPS)。
覚悟していったトイレはとってもきれいでいい意味で拍子抜け。
トイレの近くに厨房があったけど、あんまりみないほうがいいに違いない。
レストランの前で声をかけられる。「今日の朝、パタンにいなかった?中国人でしょ?」
「パタンには行ってないし、日本人よ」「ほんとに??」
別の人「日本のどこから?ネパールは初めて?」
ネパールといっても結構ほりの深いインド系の顔の人が多く、モンゴリアンは少ない。
日本人も目立つので、よく声をかけられる。屋台で売っている人形にもおでこにティカが。
ヒンドゥー仕様である。
みんなの食事が終わるのを待ってバスは次の目的地、スワンナブヤートへ。
お猿の寺というだけあり、猿でいっぱい。
ここでも他の客からはお金を集めるのに私からは受け取ってくれない。
ツアー料金に含まれているんだろうか。上まで歩いて登ぼると結構しんどい。
でも見晴らしは抜群。カトマンドゥの市内と、遠くにランタンヒマールが見える。
日本人観光客も結構見かけた。マニ車を回して仏塔を一周する。
しばらく時間を費やした後、バスに戻る。リマール君にアドレスを教えてと言われる。
帰り3人組の女性(ツアー客)に写真を頼まれた。撮ってあげる。
「どこからきたの?一人で?」「あなたは?」「インドよ。アシャンって知ってる?」「知らない…」
「そうよね」どうみてもインドというよりモンゴル系の顔だち。
インドは広いからなあ。

そのあと、タメル近くに戻り、なんだかよくわからないままに一部の客が降ろされた。
私も降りるように言われる。
「僕たちはこれからナガルコットにいくんだよ。君は僕の友達についていって」
結局リマール君にはアドレスを教える事なく、次のバスを待つ。でも来たのはタクシー。
なんだか疲れた。「君はどこにいくの?」「もう帰ります。カンティパトまで送ってください。」
「どうしてパタンに行かないの?」
パタンもおそらく料金に含まれていたんだろう。でももういいや。
ホテルまでバイクで送ってもらう。そのあと、そのままダルバール広場まで歩いていった。

ハヌマンドゥカ辺りをぶらぶらし、BAKERY CAF*(なぜかアドレスを書かされる。
驚きのプレゼントがあるとか)へ。モモとコークを頼む(77RPS)。
一気にいろいろ周って疲れたなあ。とっても安いツアーだったけど。
帰りインドラチョークを抜けてスーパーへ。
夕方になると辺りはすっかり暗くなり、街灯も少ないので間接照明のよう。
人はものすごく増えていてまるで縁日のようだ。カバンをしっかり抱えて歩く。
カンティパトを歩いていると男に手を触られた。
振り返った時に向こうも見ていたのできっと意図的にやったに違いない。もう!
路上にはたくさんの物売りがでており、にぎやかだけど歩きにくい。ようやくホテルに帰る。
「どこ行ってたの?」「ツアーに参加してたの。ブダニールカンタールには入れなかったけど」
「僕もヒンディーじゃないけど入れるよ。ネパール人だからね」なるほどね〜。
明日のチェックアウトは12:00。
余分な荷物があれば預けていけばいいといわれるけど、
今回はとっても小さな荷物しかもってないので大丈夫。
●12/26 騒乱の中、ナガルコットへ
朝5:00から1時間おきに目が覚める。が寒いのでなかなか起き上がる事ができない。
ようやく8:00に起床。外は少し曇っており、すっきりしない雰囲気。
8:40ごろ、外からシュプレヒコールが聞こえ、なんだか騒々しい。
周りの建物からも人がなにか見ている。昨日ダルバール広場で演説してたのが理由だろうか。
たくさんの人が集まっていたけど。くもりのせいか、テレビの映りも悪い。
9:00過ぎにホテルを出てポストオフィスへ。外は寒い。もやがかかっていて遠くが見えない。
ポストオフィスまでは15分ほど。人通りも多いがほとんどの人は北上していく。
オートバイクや露天の人々をみながらやがてポストオフィスに到着。が、門が閉まっている?!隣の外国郵便局からつながっているのかと思って、行ってみるがだめ。
仕方ない、朝ご飯を食べてから出直すか、とビムセンタワーの方に歩いていくと、入り口発見。
どうやらこっちが正門らしい。中に入り手紙を見せると「切手は外よ」といわれる。
外に出て、窓口で切手を購入(15RP×4)。再び中に入っておばさんに手紙を渡す。
ビムセンタワーを左手に見ながらダルバール広場方面に歩いていった。
まだ開いていない店も多いが、古い建物ばかりで、住居や店舗が密集している感じ。
フリークストリートを目指し、あちこち路地をうろうろしてみる。
昨日もいったベーカリーカフェへ。すいている。
朝食メニューがあったので、ハッシュドポテトと目玉焼き2個、トースト二枚に
コーヒーの朝食にする(99RP)。お皿いっぱいのハッシュドポテトは見ただけでお腹いっぱい。
昨日の夜にはあまりみえなかった店内は、よく見るとちゃちな感じ。
天井付近は吹き抜け(?!)になっていて、鳥がこっちに飛んでこないかと、多少不安になる。
ダルバール広場で寺院にのぼると、子供たちがよって来た。絵葉書を見せて、買ってくれという。「僕が描いたんだよ。コインを集めてるんだ。日本のコインはない?」「ないよ」
「ネパールのでもいいよ」「ないの」かばんにつけてた人形をみつけ、
「あー人形だ。それちょうだい」「これはお守りだからだめ」
「それキンダーサプライズ(たまご型のチョコ。おまけ入り)でしょ」…なぜ知ってるんだろう?
こっちでもうってるのかな。見かけないけど。大きな子供がきて絵を見せる。
「僕が描いたんだよ」「上手だね…」。寺院から降りてインドラチョークへ。
時間もあまりないのでホテルに帰る。部屋はすでに掃除してあり、
あと1時間使うのが悪い気がした。
掃除のおばさんは、早く掃除しすぎたせいか、なんか怒られてたようだ。
頭が少し痛いのは排気ガスのせいだろうか?

12時にチェックアウトを済ませ旅行会社へ。そこで荷物を預けておいて、タメルの方にいく。メールを打ったあと、お店をひやかしていると、なんだか通りが騒がしい。すると辺りのお店が一斉にシャッターをおろしはじめた。みんな通りの向こうをみている。なんだろう。警察の摘発?訳がわからないままに、その場をはなれ、ちょっとお洒落なコーヒーショップへ。コーヒー45RPは高いなあ、と店の前のメニューを眺めてしばらく考えるが、時間もあるので中に入る。大きなマグカップでコーヒーを飲む。会計では「日本人?ありがと〜」と日本語で言われた。
ツアー会社に向かい、中で待つ。13:15、その場にいたスタッフ(Aさん)がバス乗り場に連れていってくれた。軽く話をしながら歩いていくが、なんだか人垣ができていて騒々しい。「警察と反政府学生の衝突だろう」バス乗り場にいくが、バスは一台もなく、通りでは警察が一列にならび、学生は建物の上や通りのあちこちからレンガをなげている。なんだか鼻がむずむずする…「ガスだ!」あわててハンカチで鼻と口を押さえる。「ナガルコットには行ける?」「…大丈夫と思うけど…」道の奥の方に行く。彼が電話をしに近くの旅行会社に入っていき、表で待っていると、突然そこでも投石が始まった。あわてて旅行会社の中に入ると、ドアが閉められた。中からみていると、その場にとめてあったバスのガラスが割られ、ぼろぼろになっていく。こわい!わかった、さっきのタメルのこと。だから一斉にお店のシャッターが閉まったんだ。少し投石がやむと、お店の人は看板をしまい、もう店を閉めるから出ていって欲しいという。仕方ないのでAさんと一緒に出て、カンティパトへと向かう。石をもった学生がまわりにいっぱい。 Aさんは、彼らに何かいっている。近くにいた欧米人は彼らに石を投げる格好をされ、あわてて近くの建物に入っていった。当てられたらどうしよう…。なんとかその場を抜ける事ができた。「もしバスがこなかったら、僕がバイクで連れていってあげるよ」 Aさんは真顔でそういった。ツアー会社のスタッフがきて、バスはこの通りにくるという。通りをみていると、バスを発見。あーよかった。「よかったー来て」「彼もバイクで送らなくてすんで、きっとよかったと思ってるよ」。
バスは3回、カンティパトから現王宮を周って客をひろい、ナガルコットへと出発した。前を走っているバイクは誰かの顔写真と手書きの身体をかいたポスターを掲げている。誰だろう??あちこちで警察と学生がたまっているのが見える。バスにむかって石なげないでね…。
街をようやく離れた。道が悪いので上下にがんがんゆれながら進んでいく。バスはバクタプルなどの街を抜けて、山道をどんどん登っていった。細い道だけど時々対向車もやってくる。でもカトマンドゥの市内とは一転してのどかだ。1時間半ほどして、山の途中で休憩。ほんとに道の途中という感じなのに、一軒だけ店があって休憩スポットになっているようだ。外に出てみる。空も空気もきれいだ。野良牛(?)も気持ちよさそうに歩いている。
このバスに乗っているのは10人ぐらいの外国人と地元の人たち。彼らは途中で降りていったりする。
道を歩いていた小学生を2人ほど乗せるとあとから10人ぐらいやってきて全員のせる事になったので、バスは一時スクールバス状態になった(彼らは途中で強制的に降ろされた)。30分ほどでナガルコットに到着。今日泊まるホテル「エレファントヘッド」はまさに山の上にあった。予約をしていた私はすんなりと部屋に通される。大きな窓があり、眼下に広がる景色が一望できる、グッドな部屋だ。なぜかハエが多いが、殺される事がないのか、ぜんぜん逃げたりしない。部屋の鍵が調子悪いようで、内からはかかるが外から掛ける事ができない。「後で直しに来るから」とスタッフのマイラが言って降りていった。
ベッドに腰掛けて窓から景色を眺めていると、下からマイラともう一人のネパール人が声を掛けて来た。「お茶を飲みにおいでよ」。鍵がかからないから、というと、大丈夫といって、マイラが上がってきてチャレンジした。何度か試してようやくかかるようになった。「ラフティングと一緒だね。うまくいく時とそうでないときがある。」彼とテラスにいき、ブラックティーを頼む。ネパール人が声を掛けてきた。「日本人?あとでこの裏の丘に登ろう。夕日がきれいだから」「あなたはスタッフなの?」「僕はカトマンドゥの大学院生で、休暇でここにきているんだ」彼の名前はディパック。しばらく、ネパール語を教わったり、日本語を教えたりする。ちなみにカオリという発音はコディー(スペルは分からず)の発音と同様に聞こえるらしく、これはネパールではカリフラワーのことらしい。わざわざキッチンにいってカリフラワーをもらってきてくれた(これは帰りの飛行機の中の映画で、コディーという女の子がいて、彼女の名前を呼ぶのをきいているとカオリ、カオリ、といっているように聞こえたので、なるほどと思った)。今日のカトマンドゥでの騒動のことを聞いてみると、インド人の映画俳優がネパールを侮辱する発言をしたので、若者達が怒って暴れているんだといった。彼の実家はバクタプルにあるそうで、私が明日いくというと、いい街だといっていた。ただし、外人に課せられるエントリーフィーは「あれは嫌いだ」といっていた。今度は彼のうちにとまればいいという。「妹もいるし、きっと気に入るよ。ぜひ泊りにおいで」といっていた。
お茶を飲んだ後、丘の上にいった。彼は私が警戒しないようにか、すこし先へ先へと進む。ちょっとのぼったところにヒンドゥーのほこらがあり、そこから眺めると、ランタンヒマールが遠くに見えた。ほんとに高い所にいるんだということを実感できる眺めだ。絵葉書の風景のように美しい眺めである。ヒンドゥの祠にあるカギ十字がきになったので、なにか聞いてみる。「これは神様を表すんだ。強い神様だよ。」ドイツとは随分意味が違うんだ。少し歩いていくと、ホテルがあり、その屋上からも眺めてみる。そろそろ日が沈むころで、空がオレンジ色に染まって来た。景色はきれいだけど、風はやはり冷たい。近くのレストランにいきお茶を飲む。ここでも屋上に上り、夕日を眺める。ディパックは「君は日本人の初めての友達だ。僕は君にネパール語を教えるから、日本語を教えて。きっと今度会う時には少しは話せるようになってるよ。」といった。寒いのでホテルに戻る。すっかり日は落ちて寒くなってきたので、食堂で話をし、Eメールアドレスを交換した。時々マイラがやってきて話にはいってくる。マイラは少し日本語ができる。「僕は日本人の友達がたくさんいるよ。」ディパックが「君は日本人の友達がたくさんいるの?僕は彼女が初めてだ」といっても気にせず私と話をするので、ディパックは露骨にいやな顔をしていた(ように思う)。「食事は?」ときかれたので、あまりお腹は空いていないけど、ベジタブルカレーとライス、ペプシを頼む。ディパックは風邪をひいているらしく、「あとでダルバールを食べるよ。あれが一番元気がでるから。」
ところが食事が運ばれてきて一口たべたとたん急に気分が悪くなった。今朝からずっと頭痛がしていたけど、だんだんひどくなってきて、食べようと思っても手が進まない。ディパックは話しつづけているので悪いと思ったけど、部屋にもっていっていいかと聞いて、マイラに食事を部屋まではこんでもらう。
「どうしたの?」「多分疲れたんだと思う。外も寒いから」
風邪かなあ、すごく寒い。食事をする気も失せて、そのままベッドに潜り込む。寒いので、持って来たカイロを取り出して布団を3枚掛けて寝ていた。しばらく寝ていると落ち着いて来た。多分冷えすぎたんだろう。こんな標高の高い所で、カトマンドゥと同じ薄着はだめだったのかな。食事もすっかり冷めたので、カリフラワーだけつついて、星空を眺めていた。明日はマイラの友人がいるらしい、バクタプルのシヴァゲストハウスに泊まる事にしようかな。少し具合も悪いから探すのもめんどうだし。
12/27 古都、バクタプル
夜中に暑くて目が覚めたりして、ようやく寝付きかけた頃、ドンドンドンと激しく部屋の戸を叩く音で起こされた。「なに??」「トレッキングにいかないのか?」「みんないくの?私は悪いけどいかない」近くの展望台までのトレッキングを実行しているらしい。ちょっと疲れているのでやめておいた。時刻は5:17。でもそれから寝る事はできなくて、ぼーっと窓の外を眺めていた。6時過ぎ、だんだん山の稜線が赤く、空が黄色くなってきた。部屋の窓ガラスをあけ、寒いのを我慢して布団を身体にまきつけて、外を眺めている。空気が澄んでいるから気持ちいい。このホテルは高台にあるので視界を遮るものがない。でもきっと展望台までいったほうが、見晴らしももっとよかったんだろうな。
空はどんどん明るくなり、7時過ぎに太陽が顔を出した。もやがかかっているためか、くっきりとは見えないけれど、すごく幻想的できれいだ!撮れるかどうか分からない写真をパチパチ撮って見る。
9時過ぎまで部屋でごろごろしていた。窓からテラスを見るとディパックが手を振っていた。挨拶したけど下に降りていって話す元気はない。9:20ごろ、マイラが呼びに来たので下に降りた。チェックアウトを済ませ、シヴァゲストハウスを予約してもらう。地球の歩き方に15US$の10%オフと書いてあるというと、13US$だといった。ここでお金を払い、レシートをもらう。
9:30ごろ、バス乗り場に向かう。日本人のおじさんが日本語で「バスまだ?まだ?」といいながら走っていく。マイラが「チケットある?」と聞くと「あるある。大丈夫?まだ大丈夫?」といいながら走っている様子がユニークで、マイラと私、欧米人の女性みんなで笑う。バスは9:45ぐらいにきたけど、どんどん地元の人を乗せようとし、外人がくるとみんなでて、また乗って…のくり返しで、いっぱいになってようやく10:20頃、出発した。途中でもういっぱいなのに、アメリカ人女性を乗せる。「ここに座るわ。いい席じゃない!」といって彼女は通路に正座した。隣にいた男性が彼女と話している。陽気なアメリカ人だ。聞いているとニューヨークで先生をしていたらしい。途中で2人降りて席が空いたので彼女も椅子に座ったけど、地元の若い女性(赤ちゃんづれ)を乗せると、彼女が「私はこの席にすわるわ。彼女は若い母親だから」といって席を譲り、再び通路にすわりこんだ。バスの中でも昨日の騒動の事を言っていて、さかんに明日、明日といっている。明日何があるんだろう。
やがてバスはバクタプルに到着。5人ぐらいが降りる。マイラが一緒に降りてきて「シヴァゲストハウスから迎えが来るから」という。すぐに彼の友人らしき人が、ちいさなバンでやってきた。マイラとバイバイし、バクタプルの入場料(この街に入るのには外人はエントリーフィーがいる!!)375RPSを払い(2日間しか有効じゃない!高い!)バンに乗ってホテルに向かう。車は細い石畳の道をどんどん進んでいく。街の雰囲気はすごく昔の雰囲気で、カトマンドゥとは全然ちがう。
一本道だけどぐねぐねまがりながら、やがてホテルに到着。ダルバール広場に面した、いいロケーションだ。部屋もきれい。窓からは隣のレストラン(中庭みたいになっている)しかみえないけど。
少し落ち着いてから表にでて、先ほど入って来たゲートまで歩いてみる事にする。路地はたくさんあるけど、広い道はわかりやすいので迷うことはない。ここの人たちは店の前を通っても、呼び込みをしたりしない。ぼんやりと見ているだけだ。タメルよりも確かに3倍近くの値段を言ってくるので、おみやげは明日買う事にしよう(あとで後悔する事になるが…)。
道をぶらぶらと歩いていき、ピーコックバーという2階がテラスになったレストランに入る。小さな広場に面したここからは、ヒンドゥーのお寺にお参りしているたくさんの女性や行き交う人々をゆっくり見る事ができる。鐘の音と幻想的な音楽が聞こえてきて、映画の中のワンシーンを見ているような気分になる。昼食代りにバナナパンケーキ(分厚いクレープにバナナがはさんである。濃厚なバター味)とコークを頼む。ハエはたくさんいるが、あまり不潔な感じはしない。
悪い人はいなさそうだけど、やはり一人で歩いていると声をかけてくる男の人は多い。のんびりとお寺の境内に腰を降ろして建物を眺めようと思っても、すぐに「日本人?友達いるの?」とやってくる。結局ぶらぶら歩いてのんびりしたくなったら、カフェにはいるしか仕方ない。小学生でさえも、「日本語勉強してます。曼陀羅描いてます。先生もあなたにあったら喜ぶから、見にこないか」と話し掛けてくる。でも一回きちんと断るとそれ以上しつこくないのが、ネパールのいいところ。
そんな感じだから、ピーコックパーを出たあとしばらく歩いて、違う小さな広場に面した寺院風の建物のカフェニャタポラにはいる。3階ぐらいの高さにテラスがあり(下を見ると少しこわい…)、高いので見晴らしがいい。1時間ほど、どこからか聞こえてくる音楽と、広場の風景を眺めて過ごす。いろんな人がいてみていても飽きない。遊ぶ施設や観光名所は少ないけど、雰囲気を楽しむにはとてもいい街だ。少しお店をひやかしたりして(パシュミナのマフラー10US$、ストール30US$だって。自社工場製だから。もっと安くなるらしい。でも買わなかった)、美術館へいく。カメラは預けてといわれるが、「撮り終わってる」といって、写るんですのダイヤルをぐるぐるまわしてみせると、預けずにすんだ。美術館、といっても曼陀羅がほとんど。あまり点数もなく、なんだかエロチックな絵もある。曼陀羅は細かく描かれたものもあれば、結構おおざっぱに描いてあるのもあり、どのぐらいが芸術品として価値が高いのか(ここにあるのは高いとは思うが)分からない。
ぐるっと一周まわって外にでる。あちこちの路地を探検してみることにした。小さな街なので路地に入ってもすぐに同じ道にでたりする。小さな女の子がはなしかけてくる。「日本人?いくつ?キャンデーちょうだい。」なぜ…「コインでもボールペンでもいいよ」「何もないの」「じゃあビスケット買ってくれる?」…誰がこんな癖、つけたんだろう。きちんとした身なりをしているのに。まったく…。
お店でいろいろ値段をきくが、どこもタメルより高い。ディスカウントしてもタメルの値段より下がる事はないだろう。いったんホテルに帰る。部屋からはドゥマティー広場の寺院のてっぺんと隣のレストラン(中庭式になっている)がみえるだけ。正面側ならダルバール広場が一望できたのに。廊下で声が聞こえて外人が部屋の値段を確認しているようだ。20US$?私は13US$で泊まっているが。
17時の鐘がなっている。18時前に部屋を出て、外にでてみる。夕闇にうかぶ寺院のシルエットもなかなか絵になる風景だ。しばらく眺めていたけど寒いので、ホテルのレストランに入る。チキンチョウメン(やきそば)とコーク。たべながら、窓越しに表を見ていた。外国人バックパッカーは子供たちに連れられて、隣のゴールデンゲストハウスにたくさんはいっていく。安いのだろう。
食べていると、スタッフの一人が話し掛けて来た。「明日はどこにいくの?」「カトマンドゥ市内に」にこにこしている。「明日はいけないよ。」「どうして?」「ストライキなんだよ。」…わかった、昼間バスの中で、明日明日って何だろうとおもってたけど、ストライキのことだったんだ。店も閉まるらしい。しまった、お土産買っとけばよかったかも…。「パタンには行ける?」「無理だよ」「どうしよう…」困った顔をしていると、「多分エレクトリカルバスは走ってるよ。」「カトマンドゥには行けないの?」「無理だろうね」「どうしよう…」「うーん、なんて言えばいい?」彼も困ってしまった。「まあ先に食べて」と彼は仕事に戻っていった。とりあえず明日がこなきゃわからないか。食事のあと、少し外に出ようとしたけど街灯もほとんど消えており、まっくらだったのであきらめる。店もしまっている。ちなみに6時すぎるとほとんど真っ暗になるので、初めてくる人は注意が必要かも。ディパックは「暗くなったらエントリーフィー払わなくていい」といっていたけど。
ストライキなら、カトマンドゥまでいったとしても何も開いてないだろうし、市内は暴動があるかもしれないから、ここにいたほうがいいのかも。
部屋にはテレビがない。昨日のホテルもなかったけど、すぐに寝たので気にならなかった。ニュース見たいなあ…。すこし不安な気持ちのまま、寝る事にした。
12/28 ストライキのせいで…バクタプル2日目
翌朝6時頃、にわとりの鳴き声で目が覚める。真っ赤な朝日をうけて、寺院のシルエットがきれい。
寒いのでしばらくベッドの中にいる。8時30頃部屋を出て、チェックアウトをする。「バスは動いている?」「無理だよ。歩いていくしかないね。」どこかに電話してくれるが、やはり動いていないらしい。「誰か車で連れていってくれる?」「道路が封鎖されているんだよ。いけないよ」女の人が来た。「エレクトリカルバスはどう?一回いってみたら?」「もし動いていなかったら、また帰ってきます」「それがいいわ」
とりあえず、一旦外に出て、トロリーバス乗り場に向かう。路地をあるいて15分ぐらい、通りすがりの男の人が「NO,バス」と言った。バス停には人がたくさん集まっていて、やはりバスはこないらしい。警察官がいたので尋ねてみる。「バスは?」「今日はこないよ。」「車でもいけないの?」「むりだよ。」「バイクは?」「う〜ん、バイクなら行けるね。今日だけだめなんだよ。」ちょっとその場に佇んでいたが、待っていても仕方ないのでホテルに帰る。ホテルの前で、スタッフが待っていた。「バスはあった?」「なかった…」「自転車でいくっていうのは、どう?」
とりあえずホテルのレストランに入り、座っていると、オーナーが「今日も泊まればいい」といった。日本語を話せるおじさんが、いろいろと話しかけてくる。「明日の飛行機は何時?」「10時に空港にいかなくちゃ…」「明日の朝なら大丈夫。空港までいけるよ。タクシーがなくてもここには車もあるし、私もバイクがあるから大丈夫。30分ぐらいで行けるよ」他に方法もないので、ここに泊まる事にした。
同じ部屋のカギをもらい(同じ値段であることを確認)、部屋に荷物を入れてお茶を飲む事にした。欧米人の女性2人が歩いてカトマンドゥに向かうらしい。「一緒にいくか?」といわれたけど、やめておく。市内は荒れている様子だし…。レストランに入って来た女性が「どこも開いてないのよ。まるで夜みたい!」と言っている。もしかして、お店も全部休み??お土産ぜんぜん買ってない。「お店開かないの?」「今日はストライキで全部閉まったままだよ。うちもこうして窓しめてるだろ?」レストランの窓にはカーテンがかかり、外からは雨戸(のようなもの)もしめてある。まだ時間が早いからと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。「お土産を買ってないの。あなたの友達にお土産物やさんはいないの?」「今日は開けないだろうね。バスパークの方に紙製品の店があったはずだからいってみれば?この辺りは管理されてるから開けられないんだよ。」ゲートを出て、バスパークの方に向かってみる。しばらくずんずん歩いていったけど、のどかな風景が広がるばかりで店はみあたらない。引き返し、唯一開いていたバスパーク近くの売店でタバコを購入。「MADEIN NEPAL?」を繰り返す。トラックに乗った警官が町の中に入っていき、なんだか物々しい雰囲気。
たくさんの人がいるのにお店は開いていない。みんな家や店の軒先に腰を下ろし、ぼんやり通りをみていたり、話したり、チェスをして遊んだりしている。薬屋だけは堂々と開けていいのだろう。小さな売店は半分戸をしめながら商売をしているようだが。「今日はストライキだから、どこも開いてないよ。」通りすがりの男の子が声をかけてくる。「全部閉まってるの?」「そう全部。君、ガイドいる?」「要らない」一件のお店の軒先にお香をみつける。ちいさな半畳もないスペースが壁の中にある、といった感じのお店。「これはネパールのお香?」「そうだよ。」「ネパールのお香が欲しいの」といって、店にあった5個全部買う。「チベットのはいらないの?」「要らない。タバコもある?」結局お香5個とタバコを買い、3US$払った。「日本人なの?」彼はきらきら光る金糸の布を使ったポーチを出してきて見ている。「それはなに?」「ネパール女性の手作りだ。君にあげるよ」ドルだと少し余計に払ったからだろう。彼は小さなポーチをくれた。「また来てね」
シヴァゲストハウスのカーテンはまだ閉まったままだ。どこも開けてはいけないことになっているらしい。(開けると「非国民」扱いなんだろう…)部屋に戻り少し休憩。屋上のテラスに登ってみる。ダルバール広場が見渡せる。なぜカトマンドゥ市内からこんな離れたところでもストライキするんだろう。こんなのどかな雰囲気なのに。下のレストランでモンテクリストというサンドイッチとティーを頼む。チーズかチキンか、といわれたのでチーズといったけど、結局いろんな具が挟んだ大きなサンドイッチがでてきた。食べていると外が騒々しくなった。ワーワー言う声が聞こえる。と、スタッフやオーナーは一斉に走ってドアをきっちり閉め、外の様子をうかがっている。日本人3人が入って来たが騒ぎが収まるとでていった。「ナガルコットから電話だ。」マイラが心配して電話してきてくれた。「大丈夫?明日何時の飛行機なの?元気?明日はタクシーでいけるから、大丈夫だよ。ごはん食べてる?」ちょっと不安が募っていただけに、じーんときた。レストランにあった新聞を見る。市内では100人以上負傷者がでて、結構大変な様子。車が燃やされて転がっている写真が写っている。旅行者は空港から徒歩でホテルまでいかなければならない…なんて書いてある。今日がフライトの日じゃなくてよかった。でも今日から冬休みのところ多いし、結構旅行者多いんじゃないかな。この騒動の原因も書いてあった。インド人俳優HREITHIKROHAN がネパールとネパール人に対して、「彼らは無知だからもうインタビューに答えない」とか、侮辱する発言をしたかららしい。まったく余計なことしてくれたもんだ。あと1週間でもあとにしてくれればよかったのに。おかげでインド系のテレビチャンネルはすべて放送中止になっているらしい。HRITHIKは「国民の敵」とまで書いてあった。それにしても…なぜそれが政府にたいする怒りとなるのか。武力鎮圧しようとするからいけないのだろうか。インド人旅行者、たくさんいるのに肩身せまいだろうなあ。大丈夫かな。
結局どこにいても状況は一緒ということが分かった。無理してパタンやカトマンドゥにいかなくて良かった。レストランには昨日バスで一緒だったオランダ人の夫婦もいる。レストランでは暇つぶしにDVDを流してくれている。
じっくり新聞に目をとおしてみる。なんと2001年からバクタプルのエントリーフィーは2倍になるらしい。町の人は経済が悪化すると反対しているらしいが、市長がダンスや文化を充実させたいという考えかららしい。現場の声が聞こえないトップは、どこにでもいるものだ。それとも貧乏旅行者はこなくていいということだろうか。(10US$なんて…)
レストランのスタッフに尋ねる。「外は安全?」「バクタプルはそんなに危険じゃないよ。」でも心配なのであまり遠出をするつもりはない。広場の壁に赤い幕がはってあり、なにか書いてある。英語なのはWORKUPの文字だけなので、なんのことかよく分からない。ゲートを抜け、通りをぶらぶらと歩いてみる。
一件のお店がこっそり営業していた。中でブレスレットなどを見せてもらうが、あまり気に入ったものがない。しかも全部インド製らしい。さんざん見せてもらったので申し訳なくてティカ(おでこにつける)を一つだけ買った。「あなたは先生でしょ?」店の女の子がいった。違うけど。
路地では道端で髪の毛や服を洗っていたり、子供たちがボール遊びしていたりして、のどかな雰囲気。バクタプルはベルナルト・ベルトリッチ監督の映画「リトルブッダ」(キアヌリーブスがめちゃ神々しい!)の撮影にも使われた、とても雰囲気のある町。ぶらぶら歩いているだけでも、結構楽しいし、映画の中に紛れ込んでしまったかのような不思議な錯覚にとらわれたりする。
途中で、一件のお菓子やさんに入った。奥から出て来たおばさんは簡単な英語も理解できないらしい。指さして、「ネパリー?ネパリー?」と尋ね、6個のお菓子を買った。「HOWMUCH?」おばさんは何も言わずに袋に入れかける。もう一度尋ねる。するとおじさんがでてきて、おばさんに電卓をとるように指示、計算してみせてくれた。う〜ん、これでお土産ってことでいいかな。カレンダーとか欲しいものあったのに、昨日買っとけばよかったなあ。図らずも、随分チープにまとまってしまった。
ホテルに帰り、屋上から広場を眺めたあと、部屋に戻る。
少し陽が落ちて、町の明かりが見えて来たので、もしかしてスト終わった?と期待して下に降りてみる。5時半ごろ、外に出てみた。ぐるっと通りを歩いてみるが、やはり店は閉まったまま。一人で歩いているとあちこちからHELLO!と声がかかり、男性、子供、みんな話しかけてくる。ゆっくりと古都の雰囲気に浸りたいのに…ちょっと難しい。
寒いので、早々にホテルにもどり、食事にすることにした。ダルバートとネパールティーを頼む。ちなみにネパールティーは煮出した紅茶にスパイスが入っているもの。インドのチャイと似たようなものだ。普通の紅茶はブラックティーといわなければならない。
ダルバートは大きなお皿に盛り付けられて出て来た。おいしいけど、全部は食べられない。おなかいっぱいになって休憩していると、「もっとタリーはいるか?ごはんはどうだ?」と勧めにくるが、とても無理。でもついていたヨーグルト(バクタプルの名物、ズーズーダウはヨーグルトの王様)はとってもおいしくて、お腹だいじょうぶかな、と思いつつ、全部きれいに食べてしまった。でもこのレストランの野菜はきちんとヨード消毒してあるとかいてあって、とても外国人向けになっているので多分大丈夫だろう。なんかストは2日…とか言う声もきこえてきて、ちょっと不安。
食事を残していると、「おいしくない?」と聞かれる。あわてて「すごくおいしいけど、おなかがいっぱいでこれ以上食べられないの」と答える。
DVDはチャーリーズエンジェルになっていた。うそっぽいアクション映画についつい見入ってしまう。その後はTAXI。
「明日10時に空港にいきたい」フロント(っていってもレストランの中)でそう告げた。タクシーを予約してくれる。送ってもらえるかな〜なんて期待していたので、少しがっかりした。タクシー代は6US$出して38RPS返ってきた。やはり高いのは仕方ないか。お金を払っていると、マイラから電話があった。彼はなぜ、私が電話の近くにいるのがわかるのだろう。「元気?ごはん食べた?明日エアポート何時?ホテル良かった?」と常に明るい。アフターフォローばっちりだなあ。でもマイラの気持ちはすごく嬉しい。ネパール人のホスピタリティに触れる事ができてよかった。
空港税は1100RPSだという。ガイドブックに書いてある料金はことごとく値上がりしている。観光国としてもっと力を入れるなら、これからもどんどん値上がりしていくに違いない。ここでは相当な値段なんだけどな。
12/29 帰国日
朝4時半頃から30分おきぐらいに、ニワトリの鳴き声に起こされる。鐘の音も聞こえる。こっちの人は早起きなんだろう。今日はもやがすごくかかっており、6時半になっても外はぼんやりとしか見えない。今日はすごく寒い。昨日の夜も寒かった。
タクシーが来るのは9時。7:30にレストランにいく。まだドアはしまっており、電気もついてない。「食べれる?」と聞いて入っていく。少しドアを開けているところから、白く、寒そうな空気が入ってくるのが見える。スタッフのビシュヌ君の髪がびしょぬれだったので、「雨なの?」尋ねるが「シャワーを浴びたんだ。」乾かさないと風邪ひくよ。「大阪はここより寒い?」「朝はこっちの方が寒いね。でも昼はネパールはあったかいと思う。」「いつが寒いの?」「2月かな…」彼も大阪に友達がいるらしい。ここに泊まった日本人に違いない。去年来たゆきこさん、らしい。
「リトルブッダでこの町をみたの」というと、目を輝かせて、「ここにも来たんだよ。彼らととった写真があるから、待ってて」といって写真をとってきてみせてくれた。残念ながらキアヌは写ってなかったけど、映画用にセットを作ったりしている風景や、俳優さん(名前は??)たちが写っていた。「この前で撮影したんだよ。映画はよく観るの??」
ネパールティーとハニートーストを頼む。今朝は特に寒いみたいだ。店のカーテンが閉まっているのが気になる。「まだストライキ中なの?」「いや、あとで開けるよ。まだ早いから。日本ではストライキはあるの?」「交通機関で時々。でも大抵2時間とかで終わっちゃうよ。店が全部閉まるなんてないし、日本には24時間開いてる店もあるのよ。」「すごいね!」
トーストがこころなしか油くさいのは、フライパンで焼いているのだろうか。ハニーといってもマーマレードに近い感じ。食べながらも話をする。雑誌の仕事をしているというと、「きっといい雑誌になるよ!」といってくれた(が、旅行記は趣味ということは黙っておいた)。
8:45ごろ、部屋から荷物をおろし、レストランで待つ。昨日から一緒だったオランダ人男性が話しかけて来た。「寿司はすきか?」「すきよ。あなたの国にも寿司はあるの?」「ああ、私も大好きなんだ。ネパールには何日いるの?」「5日…」「5日?なんて短い!それじゃあ何もみれないよ。」「あなたは何日いるの」「3週間だよ。」3週間あれば1日や2日、ストで動けなくても気にならないに違いない。うらやましい…。外を見ていると店が開き始めていた。ちょっと外に出てチベット風のポシェットを売っている親子がいたので値段を聞く。さんざんねばったり、ボールペンをあげる、といってみたけど負けてくれないので、時間もなく、仕方なく最初の言い値の半額で買った。もっとまけてもらえたはず。でも観光客慣れしているから、あまり値段交渉には応じてくれない。買物をしていると、すでにタクシーは来ていた。「どこにいくの?」「空港よ」「国際空港?」「そう、日本に帰るの。」「そんな小さな荷物しかないのかい?」結局買物もほとんどしなかったので、小さなリュックとショルダーという、来る時と同じ大きさの荷物しかない。
空港には40分ぐらいでついた。心配する事もなかった。空港税を先に払い、チェックインカウンターに並ぶ。3時間前だけど、もう10人ぐらい待っている。みんなかなりの(大きい大きいボストン4つ!とか)荷物だ。トレッキングだろう。チケットを入手したあと、売店で少し買物をする。町の4倍…でも仕方ない。それでも少し負けてもらえた。出国審査もスムーズに済み、時間までやる気のなさそうな免税店を見たり、元気のいいカフェでお茶(かろうじてお茶をのめるお金ぐらいしか残ってなかった…)を飲んだりして過ごした。
時間が来てみんな一斉にゲートに向かう。ボディチェックは男女別れて行われた。身体をなでられるのはあまりいい感じはしない。12:40すぎにようやくボーディング。帰りもラッフルズシートでラッキーだった。
シンガポールで3時間ちょっとのトランジットののち日本へ。たった3時間ほどのシンガポールの免税店で使ったお金は、ネパール5日間で使ったお金の合計よりも多かった…。
おわり
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NEPAL 2000.12.23〜12.30