MOROCCO  1998.4.24〜5.3

4/24(金)日本からモロッコへ!
関西国際空港(KIX)→パリ・シャルルドゴール空港(CDG)→フランス・ボルドー空港(BOD)→
カサブランカ・ムハンマドX世空港(CMN)→モロッコ・ワルザザード空港(OZZ)


朝9:30に関空着。フライトは11:40の予定だけど、もうチェックインできるようなので、
エールフランスのカウンターへと向かう。
今回は乗り継ぎが多いので、係の人も困っていた。
何度も確認の末、ボルドーまでのチェックインはできた。
でも乗り継ぎの時間が短く、そのことを告げると、再度確認。
でも結局、向こうについてから聞いてくださいとのこと。
荷物はリュックなので、今回は預けない。乗り継ぎにも面倒だから。

10:30に出国審査を済ませる。今日はあまり列もできていない。
まだGWには早いからだろう。免税店にも用事はなかったので、搭乗ゲートまで向かう。

AFはJALとの共同運行。行きはJALの機体を使うようだ。
もちろんサービスもJALなのでちょっとラッキー。
やっぱり日系の方が信頼できる気がする。
出発までの1時間くらい、ロビーで待っていた。
隣に座った40〜50歳代の夫婦と話をする。2人はロンドンへ行くとのこと。
モロッコというと驚いていた。あまり女の子の一人旅として選ぶ地ではないのかもしれない。

ようやくボーディングが始まった。AFとJALの共同ということを知らずに、
同じ時間に同じ場所から搭乗することを不思議がる人多数。
ぶつからない様に高度を変えて運転するんだとか、そんな無茶なことを言っている人もいた。

席は通路側。通路側は気兼ねなく動けるので長時間のフライトでは嬉しい。
出発時間に正確に離陸した。さすがだ。
離陸後1時間ほどで昼食。デザートの小豆のムースはおいしかった。
空は青く、とてもきれい。飛行機は大好きなので、
長時間のフライトもあまり気にならない。

映画の上映が始まり、そのあとお昼寝。そして間食(おにぎりかデニッシュ)。
隣の席の人は、喫煙席へ移動したため一コ空いている。その隣の人と会話をする。
そのあとは音楽を聴いていた。

ずっと外は青空なので、時間の感覚が全くない。日本との時差は7時間。
時計の針を7時間戻しておく。フランス入国カードを記入し、少し会話をし、また眠った。

ようやくCDGに到着。予定より15分ほど早く着いた。
AEROGIRL2はとてもわかりやすく、移動もスムーズに行えたので、
乗り継ぎまで約20分。1時間近くもゆとりができた。

ボルドーへの飛行機は少し遅れた。もちろん到着も。
だからボルドー空港内を走って、チェックインカウンターへと急ぐ。あと10分しかない!
うろうろしながら、ようやく着いた。でも妙にのんびりしている。
そう、飛行機は1時間遅れで出発の予定とのこと。
どうやらここからAT(ロイヤルエアーモロッコ)を使うことになるらしい。
20:25から21:20に変更になった。
まあ、これでも使ってと、リフレッシュメントのクーポンをくれた。
次の乗り継ぎに間に合うかと尋ねると「No problem」。ほんとに大丈夫か不安。
ここで次のチェックインも済ませることができた。
係のおじさんは「ボン ボヤージュ。さ・よ・な・ら!」といってくれた。

空港でのんびりしていると、おばさん(ヨーロッパ?)が、
「私リフレッシュメントのチケットいらないけど、あなた使う?」と聞いて来たので、
私も持っていると答えると、「あら、もう搭乗しなきゃいけないのよ!」と言う。
え、1時間あるんじゃ…?と言うと、今放送で言っているとのこと。
とりあえず、大急ぎで搭乗ゲートへと向かう。
でも結局、1時間待たされることになった。なんだ。ドリンク飲んどけばよかった。

21:20のフライトは、21:00近くになってようやくボーディングが始まり、
21:30すぎに離陸した。モロッコとフランスの時差は2時間。時計を2時間もどす。
機内食は、チキンとビーフを選べたのに、3回チキンといって、ビーフがでてきた。
チキンがないのかといえばそうではなく、
前のおじさんは私の後でチキンをもらっていた。なんで?まあいいけど。

カサブランカに着いたのは21:40。次のフライトは21:30の予定だったので、
じりじりと焦る。みんなのんびりと飛行機を降りていたので、
飛行機を降りると、ダッシュで走った。
5番ゲートということだったので、5番を見ると…真っ暗。え、今は21:45。
もう出ちゃったかなあ、と思ったけど、ここはモロッコ。もしかしたら…と、
ゲートを一個ずつみていくと、7番が開いている。そこにはOZZの文字が!ああよかった。
搭乗手続きを済ませて、ロビーに入ると、たくさんの人が待っていた。
結局搭乗は22:00に始まり、22:20に出発した。う〜ん、さすがインシャラーの国だ。

席は一番後ろのトイレの横。かっこいいスチュワードさんがやたらとトイレを
チェックするのでそのたびににおいが気になった。
芳香剤のにおいしかしてなかったからいいんだけど…。

23:30にワルザザードに到着。空港にはジュラバをきたおばさん達が
迎えに来てたりしてまさに、異国の地!
入国審査では、出生地を日本とだけしていたら、どこの都市で生まれたか、
しつこく聞かれた。そのあと、欧米人は荷物を開けさせられていたが、
私はスルーで通れた。
大勢の出迎えがいるなか、両替はどこかと探すけど、ない。
警備の人に両替は…と尋ねると、もう終わったとのこと。
そんなあ〜!DH(ディルハム)を持っていないというと、
タクシーでホテルまで行って、そこで替えて払えば大丈夫とのこと。
タクシー乗り場まで案内してもらう。

タクシー乗り場につくと、仕切り屋のおっちゃんが、あれに乗れと指示してくれた
車はやたらと派手な、飾り物でいっぱいのタクシーだった。
どこに行くかと聞かれて、とりあえず来る前にFAXしておいたTICHIKASALAM
へと行くことにする。
タクシーの運転手はムハンマド(こっちでは長男の名前としてもっともポピュラー)。
日本人の友人がいるといって、単語を披露してくれた。
ホテルに着き、流したFAXを見せるが、今日はいっぱいなので
隣のRIAD SALAMに泊まってくれといわれる。え、でもリャドは高いし…と
ごねてたら、ムハンマドが一緒に考えてくれた。ロンリープラネットを眺めながら、
場所と値段を考えて、HOTELAMLAL に行くことにする。

HOTEL AMLALまで5分くらい。その間に彼は日本の友人という子の
写真を見せてくれた。非常にたのしげに写っている女の子の写真が…。
彼は自慢そうだった。
「明日、どこかまわるつもりなら、電話して。ジャパニーズって言えば分かるから」
そういって彼は、名刺をくれた。

HOTEL AMLAL に到着。ホテルのまえに4人ぐらいの男の子が座っていて、
そのうちの1人(YOUSEFF ユーセフ)が応対してくれた。
まず両替を頼むと、今日は遅いから明日、とのこと。
タクシー代を払わなきゃというと、50DH立て替えて払ってくれた。
チップをもらい損ねたムハンマドはやや不服そうだった…。

とりあえず部屋をみせてもらう。シャワーなし・トイレなしの部屋しか空いてなかったけど
今日は仕方ない。ここでいいわといって、明日は朝から部屋を変えてもらうことにして
チェックインする。80DH(約1000円)。1階の食堂で、宿泊カードに記入する間、
ユーセフは興味深そうに見ていた。
最後に漢字で署名すると、僕の名前も漢字で書いてと言ったので適当に漢字をあてる。
「ミモーネユーセフ…美毛根 由世夫」ちょっとへんかな?まあいいか。喜んでるから。
ブルースリーは日本の映画か?とか、いろいろ話しているうちに結構打ち解けて来た。
ミントティーを飲むかと聞かれ、初めてだというと、とても喜んでいた。
ミントティーはとても甘かったけど、おいしかった。
明日の予定など一緒に考えて、カスバ巡りをしたいというと、一緒に行こうと言い出した。
「もし君がよければ…」まあ一人で行くより楽しいかと思って、いいよと答える。
そのあと、テラスに行かないかと誘われ、上に上がっていく。
周りは余計な明かりも少なく、星がとってもきれい。流れ星も見えた。
流れ星に願い事をするのはイスラムも関係ないらしい。
虫の声しか聞こえない静寂のなか、さりげなくユーセフは手を握って来たけど、
とりあえずうまくかわしておいた。「問題ある?」って、そりゃそうでしょ。

時刻は1時を回っていたので、眠いからというと、今日はテラスで寝れば?と言われた。
でも寒いのでやめておく。確かに星はきれいだし、いいんだけど。

安い割にはなかなかきれいな部屋。
トイレは1階の共同のを使わなきゃいけなかったので、
かなり汚いトイレ(便座なんてない)に苦労したけど、これしかないと思ってがまんした。
明日の朝は、9時に部屋を代わって、9時半に朝食をとり、
10時に出発しようということになった。

かなり長い一日が終わった。




4/25(土)ワルザザートでの一日・近郊への小旅行
朝4時、コーランの声で目覚める。すぐ近くにモスクがあるため。
非常に大きな音で放送が聞こえてくる。一旦起きたが、すぐにまた眠る。
6時半に再び目覚め、布団のなかでごろごろしながら今日のスケジュールをたてる。
7時半、ようやく起きることにした。でも9時まで、まだまだ時間はある。
昨日機内でもらったアーモンドを食べながら、本を読んだりして過ごす。
昨日はオランダの学生達が泊まっていたらしく、大声で歌ったり、とてもにぎやかだ。
彼らが去った8時半ごろ、もういいかなと想って、部屋を出てみた。

ユーセフに尋ねると、部屋に案内してくれた。まだ掃除が入ってないので
とりあえず荷物だけおいて、シャワーも使わないでおいた。
そのあと、両替をしたいというと、近くのバンクへと連れていってくれる。
土曜日でもやってるんだ。ただし両替のみ。ここは欧米人も多いリゾート地だからだろう。

ホテルの朝食は、フランスパンと、カフェオレ、オレンジジュース。
それにバターとマーマレードと実にシンプル。
食べてるうちに卵でも出てくるかと思ったけど、なかった。
10時前、 ユーセフがタクシーを呼んでもいいかと、尋ねてきた。
いいよといって待っていると、彼の友人というA(名前は忘れた)がやってくる。
3人で打ち合わせをした。

行きたいのはアイトベンハットウと、ティフルトゥトのカスバ。
そしてもう一つ、ドゥリラのカスバがいいらしいということだったので、
その3つを周ることにした。
料金の交渉にはいる。最初500DHといわれたけど、
結局400DHで手をうつことになった。相場からいくと高いのかもしれない。
でもタクシー貸し切りだし、ユーセフもいちおうガイドしてくれるらしいし、
まあ最初だからいいかと納得することにした。

タクシーは10時過ぎにいったん出発。でも途中で、AがIDを忘れたといって、
引き返すことになる。ホテルに帰り、20分ほど待つと戻って来たので再び出発。
途中、警官がなにげに乗ってきて、ただ乗りしていった。
警察の権限はけっこう強いみたいだ。
車は、街を抜けると、道路以外は何にもない広大な大地をビュンビュン飛ばしていく。
遠くにみえる山には木はなく、赤茶けた土と、岩でできており、
大地にはちいさな石ころと、ところどころに針葉樹のような小さな木が生えているだけ。
アフリカの大地だあ、って感動して、多少高くても来てよかったと思った。



まず、ティフルトゥトのカスバへ。ここは「アラビアのロレンス」にも登場したカスバで、
マラケシュの司令官だったグラヴィが所有していたものらしい。
私たちのほかに観光客はいなかった。
カスバの屋上のすべてのコーナーにはこうのとりが大きな巣をつくっている。
屋上からの眺めは最高で、感動した。どこまでも広がる茶色い大地にも、
ところどころに緑もみえて(村で所有する畑)のどかさも感じられる。
ベルベル人の住居も下にみることができた。
ここでもミントティーをごちそうになり、建物を後にした。

つぎは、アイトベンハットウ。「アラビアのロレンス」の舞台としては
こちらの方が有名。ロレンス以外にも多くの映画の撮影が行われているらしい。
車は崖道を飛ばして行く。今にも落ちてきそうな岩山ばかりなので、
崖よりもそっちのほうが怖かった。でも景色は最高だ。
アイトに近づくにつれて、土産物屋が増えてきた。
入り口近くで車を止め、アイトまでは歩いていく。
人だかりができているので。何だろうと思うと、何かの撮影をしているようだった。
音楽に合わせて踊っている…。どうも外国のTVか何からしい。



彼らの後ろを通って、アイトの中に入っていった。
山に沿って作ってあるため、かなり傾斜はきつく、
日差しもきついため頂上に着く頃には汗だくになっていた。
頂上でしばらく休憩。他2〜3人の観光客もはあはあいいながら登ってきていた。

降りる途中で、すれ違う観光客と挨拶をかわす。モロッコなので、「BON JOUR」。
下まで行くと大勢の団体客が登るところだった。

絵葉書を買いたいというと、「ここは高いからやめたほうがいいよ」とのこと。
だからワルザで買うことにする。

ユーセフは、後部座席の横に座ってもいいかと、聞いて来た。
え、と思ったけど、まあいいよという。
日本の話などして、しばらくいくと、彼は突然、
「君は今まで会った日本人の中で一番美しい」と言い出した。
それはどうも…、と思って「Thank you」とにっこり。その返事に不満だったのか、
さらに「その目、髪の毛…きれいだよ」という。さらに「Thank you」というと、
彼は頭を抱えて、「なんで、Thank youしかいわないんだ?」と尋ねて来た。
普通はどういうんだろ?ありがとうじゃだめなのかな。
もちろん彼なりの口説き方だと思うから、それに答える反応を期待してたんだと思うけど。

気にしないで、違う話を始めた、次はどこへ行くの?と尋ねると彼の家で、
お茶をごちそうするという。
彼の家は、ワルザにあり、わりと新しい、大きな家だった。
おもてなし用の部屋に通され(棚にはティーポットがずらっと並んで、
きれいなソファーとクッションがおいてある。ちょっと金持ちかもしれない)、
テレビをみていると、オレンジジュースとママお手製のクッキーが運ばれて来た。
彼のいとこ(小学生)も出てきて、挨拶をする。
一緒にサッカーのテレビをみて、ワールドカップの話(モロッコも日本も
出場するから)なんかをした。
20分ほどで、Aが戻ってくる。彼の別のいとこ(親族で住んでいるらしい)が
タクシーがきた、と呼びにきた。

表に出て、タクシーに乗り、さあ出発、と思うと、動かない。
Aが調べると、何かの線が切れているようだった。
もともとぼろぼろのタクシーだったけど、ついにこわれたか、
それとも壊れたふりをしたのかは、わからない。
とりあえず、ユーセフのパパのワーゲンで、ホテルまで帰ることになった。

ホテルに着くと、ちょうどランチの時間だった。
今日のまかないはタジンだけど、食べるか?と聞かれて、うんと答える。
ホテルの従業員、もうひとりのMIMONE ミモーネと、おじさん(名前はわからず)、
私とユーセフの4人でタジンを食べた。タジンはパンを使って、手で食べるものだけど、
ミモーネはフォークを貸してくれた。彼には日本人のガールフレンドがいるらしい。
ユーセフはなんだそれ、という感じだったけど、
ミモーネが外人はフォークで食べるのが一般的なんだどいう感じの説明をしていた。
(たぶん。アラビア語だったのでわからないけど…身振りで)
タジンはおいしかった。日本人の口にもとっても合うと思う。
タジンのあとは、メロン(甘い!)とリンゴのデザートつき。とっても満足した。

タクシーは、直らないのか、帰ってこない。
ユーセフはタクシーを待つか、それとも僕の車で行くかと、聞いてきた。
ユーセフもそんなに悪い人じゃなさそうだったので、彼の車でいいよ、と答える。
2人でドゥリラのカスバへと向かった。
集落の中を通ると、とても珍しそうに子供たちがみている。
細い道を抜けると、カスバが見えて来た。ここのカスバはライオンの彫像などがあり、
わりと西洋風。もうかなり荒廃していたけど、壁にはきれいな模様が残っていたりして、
少しは昔の面影を残している。
ここから近くに大きな湖が見えた。
これはマンスール・エダービ・ダムの貯水池らしい。
乾燥した大地に湖はとても貴重なものに思える。
カスバをでて、湖の方へといった。

道の真ん中に車を止めて、湖の方へと歩いていく。
彼は5段飛ばしできるよ、といって、石を投げたりしていた。
しばらく眺めて、帰ると来、「 I like you, but I love you」と言うので、
「I like you , because you are my first friend in MOROCCO.」と答えると、
とても悲しそうな顔をしていた。日本人はもてるとは聞いていたけど、
着いて早々に口説かれるなんて…!
その後、彼はなんども「I love you」を繰り返し、私にもそういってくれと
嘆願(?)してきたが、likeでしかない、といいつづけた。
ワルザを離れたら、僕のことを忘れてもいい、でもお願いだから、
僕の気持ちが納得いかないから、って言われても、嘘はつけないの、
一目ぼれなんてできるわけないじゃない、といって拒絶していた。
ここじゃあいつまでたっても2人きりだから、車を出して、と頼む。
彼は言う通りにしてくれた。
ちょっと私が怒ったふうにしていたので、
「ごめん、今のは忘れて。でもloveなのは確かだから」と彼は言っていた。

彼の家に車を置きに帰って、タクシーで帰る。
帰り道水を買い、一旦ホテルに帰ってから、ポストカードと、コーク、
それにお土産物屋でブレスとネックレスを購入した。

ユーセフに今晩ナイトクラブに行かないか、と誘われたけど、疲れていたので、
「もし起きていたら」といって部屋に入る。とりあえず水分が欲しかったので、
コークと水を一気に飲んだ。

その後、少し昼寝のつもりが起きたら10時過ぎだったので、シャワーを使い、
寝ることにした。
モロッコ人と遊ぶのもなかなか楽じゃない、と感じた一日だった。


4/26(日)ワルザザートからザゴラへ
今朝は7時半に朝食をとる。今日はチョコデニッシュ、オレンジジュース、
フランスパン、カフェオレだった。昨日は遅かったから、
デニッシュはなかったらしい(でも料金は一緒)。
先にチェックアウトをしておく。「12時まで荷物を預かってくれる?」と聞くと、
「なぜそんなこというの?部屋を使えばいいじゃない」という返事だった。
なんだ、使えるんだ。よかった。

ザゴラに行くつもりだったので、CTM(国営長距離バス)のチケットを買いにでかけた。
その後、郵便局に行くが、日曜日なのでやはり閉まっていた。
仕方ないので、タウリルトのカスバへと歩いていく。朝なのにすでに暑い。
1キロぐらいと思っていたけど結構時間かかった。

カスバの入り口にいこうとすると、子供たちに呼び止められる。
「まだ開いてないよ。」「でも8時半オープンでしょ」
「今日は日曜だから。それにつまんないよ。こっちのカスバを案内してあげる」
ほんとかなあ、でも住居のあるカスバの方がおもしろそうだったので、
子供たちについていくことにした。
その子は、どんどん先に立ってあるいていく。
フランス語まじりの英語で、「ここは寝室だ」とか「共同の水場だ」とか説明をしてくれる。
彼の友達は英語は話せないらしい。でも一緒についてきて、
たまにフランス語でなにか言ってくれた。
一通りまわり、さあ、もういいかなと思うと、もう一つあるからといって、
別の場所に連れて行かれた。
そこも同じような住居が並んでおり、こっちの方が商店が多い。
予想通りスパイスの店に連れて行かれた。ここに来たかったのね。
いろんなスパイスを説明してもらい、ヘンナを見つけたので、
ヘンナは買うつもりだったからいいか、と思って値段を聞く。1gは2DHだという。
じゃあ10gちょうだい、というと、店の子は、え、たった10g?という感じだった。
でもそんなに必要ないのよ。といい、なんとか10gだけにしようとする。
そこへ店の主人がやってきて、
「日本人か?じゃあ20g入れてやれ」ということをいって、結局20gで20DHになった。
得した(と思ってたけど、後で、もっと安いことを知る)。
使い方を聞き、もう時間がないから、といって帰りたいという。
子供たちはまだ他のところへ連れていきたがっていたけど、ザゴラへいくから、
ホテルに帰らなきゃといって帰ることにする。で、ガイドしてくれたんだし…と思って
その子に10DHあげておいた。
最初、そんな〜みたいな感じだったけど、嬉しそうに受け取っていた。

でもタウリルトも見たいと思って行くと、開いていた。やっぱり。
10DH払って、中に入る。中はとても複雑で、おなじところを何度もうろうろした。
なんか面倒になって、あんまり見ないままでてきた。
やはり子供たちがいうように、つまらなかったかもしれない。

まだ時間はあるけど、ホテルに戻る。
部屋でゆっくりしていると、ユーセフがきて、
「ザゴラに行くの?でも帰ってくるよね。お話したいから、中に入っていい?」と
聞いて来た。
「多分あさって、ここに帰ってくるわ。でも今は、少し休みたいの。」といって、
ばいばいした。

12時前に部屋をでて、ミモーネに、「たぶん明日か明後日に来ると思う」といって、
ホテルを後にした。

ザゴラ行きのバスは12:30。たくさんの人がいたけど、
ザゴラへ行く人はそんなに多くないみたいだ。
最初に入って来たのはマラケシュ行きのバス。車体もきれいで、シートも快適そう。
ザゴラ行きのバスは…、え、あれ…・といいたくなる、小さめの車体。
シートも硬く、座席間隔も短いのでまっすぐに座れない。
斜めに座るしかなかった。みんなこれで大丈夫なんだろうか。

時間より5分早く出発する。
硬いシートに酔い止めが必要かなと思ったけど、
道中はジェットコースターに乗っているかのようにスリル満点で、
ぽんぽん飛び跳ねながら乗っているのもなんだか楽しかった。
崖道を走っていくと、下には無残な車のスクラップも見える。でも概して景色はきれいだ。
慣れてくると、頭をがんがんぶつけながらも寝る余裕ができてきた。



1時間半ほどで休憩地AGDZに着いた。30分も休憩あるのを知らなくて
暑い車内にずっと座っていた。
みんなカバブを食べたり、ジュースを飲んだりしているけど、
トイレにはあまり行きたくないので、水分は控えておく。

バスは30分後に出発。
1時間ほどして、係の人が話しかけてきてた。
「どこに行くの?」「ザゴラです。何時につきますか?」
「今は…3時20分。1.2.3.4の35に着くよ」4時35分か、あと1時間ある。
そのあと彼は「ここはざごらです」と日本語で言った。え?どういうこと?
窓の外を見ていると、町並みが見えて来た。
何度もみたザゴラの地図に載っていたホテルの名前を発見。
着いたのかも…、不安になってみていると、バスが止まった。
慌てて降りて、もういちど確認する。「ここはザゴラですか?」「そうだよ」
「ここで降りるんです!」
チケットを見せて、荷物を降ろしてもらった。
さっきのおじさんは不思議そうな顔をしていた。よかった気がついて。

バス停から砂漠ツアーへの勧誘がついてきたけど、とりあえず、近くのホテルに向かう。
部屋を見せてもらうときに、ホテルのお兄さんは、「あのガイドはよくない。」と言った。
「ホテルでツアーを持っているか?」と尋ね、紹介してもらうことにした。

部屋は安い割にとってもきれい。ホテルにはきれいなテラスと、
プールまで着いていてすごくゴージャス。この値段でこのホテルに泊まれるのは、
モロッコならでは。1000円ぐらいだけど、高い部類に入るらしい。
あとで、ガイドが来るから、といって、彼は出ていった。

荷物をおいて、少し休憩し、フロントへと向かう。宿泊カードに記入し、
ガイドの到着を待った。
5分ほどして、ジュラバをきた人がやって来た。彼のバイクの後ろに乗せてもらって、
オフィス(ただの商店)へと向かう。
もちろん押しがけ・足置きは自転車のペダルをつけてある
ぼろぼろのバイクだったので怖かった。

連れて行かれたのはAZIZ FAMILYといって、家族経営のツアー会社(?)だった。
プライスをみせてもらうと、1day〓350DH 1night〓350DHだったけど、
1nightはガイドと2人で一夜を過ごさなきゃいけないので、
残念だけど、1日にしておいた。学生だからまけて、とかなんとかいって
300DHにしてもらう。ガイドのRamadan アマダンに今晩、
クスクスを食べにこないかと、誘われた。いくら?と聞くと、
全員で「お金なんていらない、モロッコ人のホスピタリティだ!」ということだったので、
遠慮なく伺うことにした。

そのあと、近くの土産物店へ連れて行かれる。
店の主人はミントティーをごちそうして、いろんなアクセサリーを見せてくれる。
値段だけ聞いて、う〜んと渋っていると、奥の部屋にもこないかと、言われる。
案の定カーペットだったけど、せっかくなので見せてもらう。
確かにきれいだし、日本円にすればとても安いもの。
でも一応見せてもらって、買う気もないけど値段交渉してみる。
1畳くらいのキリム800DH。200DHとか言うと、目を丸くしていた。
彼のLAST PRICEはどんどん下がって、500DHまでになったけど、
「今は旅行中で、持ち運びできないし、お金もそんなにもってない。
日本でこの値段なら間違いなく買うんだけど…」「じゃあ宅急便で送るから」
「でも現金がないのよ」「カードも使えるよ」…そんなやりとりを繰り返し、
「今日一日考えて、もし欲しかったら明日買いに来るからといって、元の部屋に戻った。

さっきツアー会社にいた、ヨーロッパ系男性もこの店にきていた。
彼は持っていたフリースのジャケットと、パンツをカーペットに交換していた。
でも7日間の砂漠ツアーに参加するのに、フリースいらないんだろうか。
店の主人はそのあと、アクセサリーを再び勧める。
別に買う気もなかったけど、いろいろみせてもらってるうちに気になる商品がでてきた。
それはシルバーのブレスレットで、大きな赤い石がついているもの。
「これは高いよ。650DH」と彼は言った。「200DH」「No!600DH」
「でもそんなにお金持ってないもん」「500DH。LAST PRICEだ!」
「だめ、250DH。じゃなきゃ買わない」「…ちょっと待ってくれ」
そういって彼は店の外に出ていった。
その間に、明日の砂漠に使おうと、ターバンを試着してみる。
赤もかわいいかなとおもったけど、なんか「赤影」のようでいまいちだったので、
無難な青にしておいた。

店の主人が帰ってきた。「OK。450DH。これ以上は無理だ!」「300DH!」
「だめだ」「300DH!」「わかった。もう買わなくていい!」…
ちょっと気まずくなってしまった。「じゃあいいわ」といってターバンだけ45DHで買う。
「Are you Happy?」かなり投げやりな問いかけに「No!」と答える。
「Why?」「だって300DHじゃないから。買えないんだもん」…見かねたアマダンが、
350DHでいいじゃないかと、言う。350DHの現金を出すと、
彼はしぶしぶながら売ってくれた。「I'mHappy」にっこり。
そのかわり、カバンにつけていたキーホルダー型ライトを取られてしまったけど。
ただでもらったものだったけど、日本円で150DHといっておいた。
彼の驚く顔に「Japanese Priceだから」。納得していた。モロッコでは交換用の品物が必要だ。

店を出て、アマダンと川の方へと歩いていく。
「とってもいい買い物をしたね。」「これは適正価格だったかなあ」
「もちろん、ローカルプライスだよ。他の店で聞いてごらん」まあ、信じることにする。
他愛もない話をしながら、橋を渡り、ホテル「La Fibule」のテラスでお茶をする。
欧米人が多く、中庭のプールサイドでくつろぐ姿も優雅だ。
ここも彼のおごり。彼はビールを飲んでいたけど、コーヒーにしておいた。
日本語の講義(?)をしながら、しばらくお話をする。1時間くらいして、
あたりも暗くなってきたころ、彼の家へとむかう。ここから1キロほどらしい。

舗装されていない道をどんどんあるいていく。
横は赤土と小さな石でできた通称「ザゴラ山」。どんどん暗くなってきた。
20分くらい歩くととうとう真っ暗になる。私がだんだん話さなくなったので、
彼は歌を歌い始めた。たまに車の明かりがみえるとほっとする。
早く着かないかなあ…、今から引き返そうかなあとか考えながら歩いて行く。
途中、彼のいとことすれ違い(こんなに暗いのに、なんで彼らは目が見えるんだろう!)
挨拶をする。
約40〜50分ほど歩いてようやく彼の家に着いた。家には大勢の人がいた。
父親、母親、いとこにお姉さん、おばさんなど、22人ほど暮らしているらしい。
庭にはテントがはってあり、彼のお父さんは年中テントで寝るそうだ。煮炊きも外。
つぼにお湯を沸かし、竹で骨組みを作って毛布をかけてハンマム(サウナ)にするとのこと。

テラスに案内され、ハエと闘いながらしばらく待っていると、ミントティーがでてきた。
彼のお兄さん、ALIアリ(37歳)も帰ってくる。
男兄弟は6人がガイドなので、英語もよくしゃべる。
アリがしゃべっているあいだ、アマダンは無口だった。
しばらくすると、さっきすれ違ったRAJIラジといとこも帰って来た。
そのあと、もう一人のお兄さんも帰って来た(名前は忘れた)。
彼は顔に怪我をしたらしい。玉ねぎをスライスして顔にはっている。
「トラディショナルだ」とアリが説明してくれた。

やがて大皿に盛られたクスクスがはこばれてきた。
女の人は手で食べるらしいけど、男の人はスプーンを使う。
男の人側に招かれているので私もスプーンで食べた。味はおいしかった。
女の人は食べないの?と聞くと、違う部屋で食事するらしい。
これもトラディショナルだと言っていた。
食後にメロンとバナナ、リンゴを食べて、帰りはボロボロの車で送ってもらう。
じゃあ明日、といってばいばいした。よかった何もなくて。



ホテルに帰ると、フロントのお兄さんがいた。
「僕といっしょにビールでも飲まないかい?」ビールか。飲もうかな。
「ええ。いいわ」彼といっしょにテラスにでる。ウエイターがビールを運んで来た。
風がかなりきつくなって来た。明日の砂漠が心配だ。
彼は英語は苦手らしく、「君はファンタスティックだ」とかいろいろいうけど、
フランス語交じりなのでよくわからない。
川の方が星がきれいだから見に行かないかと誘われたけど、疲れているから、
と断る。明日は?と聞かれるが、もし疲れていなかったらと、言っておいた。
「君はファンタスティックだ。もっと話がしたい。」
彼は明日は、自分の家に泊まればいいという。冗談でしょ。
それはできないというと、「Why?」…疲れたので、部屋に帰ることにする。
「明日のことは分からないわ、インシャラー。おやすみなさい」そういって部屋に帰った。


4/27(月)サハラ砂漠(おまけ/タジンの作り方)
朝6時に目覚める。朝は少し寒い。風もすっかりやんでさわやかな朝だ。
朝食はにぎやかな団体さんが去った7時ごろにテラスでとった。
バイキング形式でハエとかいっぱいたかっていたけど、
コーヒーやパンは新しいものに交換してくれたのでよかった。
砂漠にいくのであまり水分は取らない様にする(トイレなんてないだろうから)。

7時半にアマダンは迎えにきた。バイクでまずオフィスに向かい、
彼が買い物をしている間、じっと待っていた。彼と彼の兄弟で、
車に乗り、彼の家へとむかう。
昨日と同じテラスに案内されたけど、今日は以上にハエが多い。
座っていると止まるので、うろうろと歩き回る。
昨日怪我をしていた兄と、話をしながら待つこと30分、
ラクダの用意ができたとアマダンが呼びにきた。

ラクダを生で見るのは始めて。おいしそうにラクダ草を食べているママドゥ(ラクダの名前)
の背中には大きなかご(水や食料がはいっている)、と毛布がかけてあった。
乗ろうとしてしっぽではたかれそうになったので、抱えて乗せてもらった。
ターバンも巻いてもらう。



ラクダは思ったより高く、振り落とされないかと思って持ち手にしっかりつかまる。座りごこちも悪い。でも30分ほど歩くと、ようやく快適と感じるようになってきた。周りの風景を写真に撮る余裕さえでてきた。途中、砂漠で夜を明かした多くのラクダツアー客とすれ違う。
「ボンジュール」と挨拶をし、手を振る。一人なのは私だけだ。
みんな朝日を見てきたんだという。いいなあ。

そのまま2時間ほど歩いていくと、川があり、そこを越えると大地は砂っぽくなってきた。
どうやら砂漠の領域に入ったらしい。
アマダンもラクダに乗ったので、落ちるんじゃないかと心配した。
そのままとことこと進んでいくと、テント(砂漠ツアー用)があり、一本の木があった。
この木陰に毛布を敷き、休憩地とする。ママドゥは足を結ばれ、草を食んでいたけど、
そのうちどこかへ行ってしまった。アマダンはタジンの用意を始める。
暇だったので、タジンの作り方をメモすることにした。


<タジンのつくりかた>
<材料>4人分
ジャガイモ(中)3個  玉ねぎ(中)2個  なすび(中)2本  
さやえんどう(豆のみ)200g トマト(中)2個  レモン(小)1個  
牛肉(カレー用) 300g  
スパイス(タジン用ミックススパイス小さじ1杯
なければサフラン・キーマン・プァーバル(発音しか分からない)を適量) 
オリーブオイル 水 荒塩  あれば唐辛子(生)

<つくり方>
1.(下拵え)
ジャガイモ…皮をむき4等分  玉ねぎ…皮をむき荒みじん切り  
なすび…へたを取り2cmぐらいの輪切り トマト…皮をむき荒みじん切り 
レモン…皮をとり4等分  牛肉…大き目にカット
2.鍋に牛肉を入れ、1.5倍ぐらいの水を入れる。玉ねぎのみじん切りも入れる。
3. トマト1個分を入れ、塩(小さじ3〜5杯ぐらい。わりとたくさん)、
オリーブオイル(大さじ5〜7杯ぐらい。たくさん)を入れて、すこしかきまぜる。
4. 蓋をして火にかける。沸騰してきたら、スパイスをいれる。
お湯が少ないと思ったら少し足しておく。
5. ジャガイモ、豆を入れ、灰汁をとる。なすびを入れ、あれば唐辛子も丸ごと入れる。
6. 蓋をしてしばらく煮込む(30〜40分位)。
7. トマトとレモンを入れる。再び蓋をして煮込み、できあがり。

※タジンは家庭料理なので、作り方&材料はいろいろあります。
これはアマダンの家のタジン。少し辛いので、塩分は控えめでもいいと思います。
スパイスは日本では高いので、外国で買うのがベスト。
ミックススパイスはモロッコにいったら、ぜひ手に入れてください。
とっても安い(1g〓1DH)ですから。
サフランだけも安い(1g〓20DHもっと安く買えるかも)ですよ。


煮込んでいる間、果物を食べたり、ボーッとしたりしていた。
アマダンはだんだんくつろいできて、寝転んでいる。
そのうちに起きて、お茶をいれてくれた。
こっちでは緑茶だろうとなんだろうと、砂糖を入れる。
中国製の緑茶に砂糖の固まりを削っていれていた。
「Very sweet!」そういうと、おもしろがって余計いれる。
なんでこんなに甘くするの!でも彼はぜんぜん甘くないよといっていた。
それにしてもハエが多い。
さっきよりも増えた気がするのは、単に気のせいなんだろうか。

タジンが出来上がった。お皿に移し、モロッコパンといっしょに食べる。
少し塩辛すぎる気がしたけど、おいしいといって食べた。
食べている間にアマダンが「こっちで僕と結婚して、ラクダと羊と、
子供たちといっしょに暮らさないか」と言った。
「でも日本でボーイフレンドが待ってるから」
「Why?彼は他の女の子と結婚するから大丈夫だよ。」…なんて強引な…。
ごはんも食べ終わって、することもなく、そろそろ疲れてきたので
「もう帰りたい」という。「ママドゥに乗って、この辺りを歩くか?」と言われたけど、
靴ずれならぬラクダずれができていて痛かったので、
「いらない、銀行にもいかなきゃなんないし、もう帰る」といった。

彼はママドゥを探しにいった。その間に砂漠に触れてみる。
砂は思った以上に熱く、10秒も触れていられない。
歩いて登ろうと思っても足を取られて無理だった。
10分くらいして彼はママドゥを連れて帰って来た。帰りの用意をして、出発。
砂丘を降りるときはラクダから落ちそうになるので、必死で耐える。
しかし暑い…。ハエはますます増えてきて、ちょっと目をはなすと、
肩とか手とかに平気な顔でとまっているのがくやしい。
払ってもきりがないので、途中であきらめた。
日は高く、ラクダを引くアマダンもつらそう。
私が昼に帰りたいといったばかりに…少し反省した。
2時間くらい歩いてようやく彼の家に到着。あー疲れた。暑い。
ミントティーを頂いたあと、ホテルまで車で送ってもらった。
「じゃあまた、夕方にでも、インシャラー」といって、彼とはバイバイした。

一旦ホテルに帰って、銀行と郵便局へむかった。
銀行はちょうど3時の業務を再開したばかりで、非常に混雑していた。
どこにいけばいいか分からずうろうろしていると、「両替はあっち」と誰か教えてくれた。
そこもごちゃごちゃしていたけど、「両替はここだよ」と列を開けてくれる。
いい人たちだ。とりあえず両替できてよかった。現金をぜんぜん持っていなかったから。
次に郵便局へ。ここもめちゃめちゃ混んでいる。
珍しくここには女性の職員(?)さんがいた。
しばらく待ってから葉書を差し出し、切手を買う。
ホテルに戻って貼ってくることにした。日本までは6.5DH、ヨーロッパへは6DHだ。

ホテルにもどり、切手を貼って再び外出。さっき見かけた子が、
「覚えてる?僕。日本人でしょ?話したいんだ」と言うが、郵便局へと急ぐ。
途中CTMのオフィスも開いていたので、明日のマラケシュ行きの
チケットを買っておいた。そう、ユーセフにはワルザに戻ってくるといっていたけど、
結局マラケシュまでダイレクトに行くことに決めたのだった。
郵便局で葉書を出して、街をぐるっとまわってみる。
ザゴラは小さな街なので、すぐに一周できる。
「昨日バス停にいたでしょ?覚えてる?」って言われても、みんな同じ顔にみえるし…。
そんな風にひっきりなしに声がかかる。
子供たちも気軽に「ボンジュール」。草で作ったラクダを押し付けられたけど、
お金がいると本に書いてあったので「いらない」と、地面においてきた。

晩御飯はあまりほしくなかったので、パンとヨーグルトと水を近くのお店で買った。
ホテルに帰ると、昨日のフロントのお兄さんがいたけど、何もいわずに部屋へと急ぐ。
顔が焼けていたい。今日一日で随分焼けたみたい。唇もがさがさになってしまった。


4/28(火)ザゴラからマラケシュへ
今日は移動の日なので寝過ごせないと思い、朝4時ぐらいに目が覚める。
そのままごろごろして5時半ぐらいにようやく着替えた。
朝食を摂る時間はないので、7時前にチェックアウトを済ませ、
近くの売店で紙パックのココアとフランスパンを買った。
CTMに行くと、割とたくさんの人が待っていた。バス停にいた女の子達が
私の持っているパンを見て笑っている。なんでだろう…?
荷物を預けなきゃと思ったけど、たくさん人がいてなかなか中に入れない。
でも6:45にバスが入って来たのを見て、急いで主張する。
「マラケシュ行きに乗るんですけど、どうしたらいいですか!」
係のおじさんが気づいてくれて、荷物の料金を払う。
「どうすればいいですか?」「あのバスに乗りなさい」バスの方へと走っていく。
荷物を積んでもらって、席につく。満席だった。よかった。昨日チケット買っておいて。

席に着いてさっそく朝食にした。
口が荒れているのでフランスパンは痛かったけど、おいしかった。
隣は黒人の少年だった。マラケシュまで遊びにいくんだろうか。
隣には友達も座っているようだ。

バスは7:15に出発。まず来るときも泊まったAGDZに到着。
ここで30分の休憩。来るときは降りなかったので外にでてみる。
売店でチョコクッキーを買った。
ここで同じバスに日本人の女の子2人が乗っているのを知る。

バスは再び出発し、今度はワルザザードへ。
ここまでの景色は来るときみたので寝ていた。
途中大きな音がしてバスが止まり、2〜3人外に出て何か話していた。
バスはワルザに到着。乗っていようかと思ったけど、
みんなタイヤを見て何か話しているので、一回外にでてみる。
どうやらパンクしていたようだ。よかった崖から落ちたりしなくて。
タイヤ交換の作業もあるので時間かかるだろうと思い、
近くのカフェへ水を買いに行く。最初「20DH」と言われて「え…」と思ったけど、
もちろんからかわれただけ。
CTMのトイレもハエだらけで、一瞬ひるんだけど、なんとか耐えた。

バスは40分後に出発。ここからはアトラス越えになるので、少し酔うかもしれない。
でもとても眠かったのでほとんど寝ていた。時々起きてはみる景色は牧歌的で、
とても絵になる風景だった。羊を追っている子や、
川で洗濯をするカラフルな服を着た女性達…とてもいい天気だ。
やがてバスは峠の村に着いた。ここの看板には「いらっしゃいませ」らしき
文字がかいてある。「タジン?」と言われたけどいらなかったので、
クッキーの値段を尋ねる。「25DH」それ、高いでしょ。
何も買わずに近くの店をのぞいてみる。ここでも値段を聞くと「4DH」…?。
ここでクッキーを買った。バスに戻ると、隣の男の子は、近くの川で髪を洗ったようだ。
おまけに服も着替えている。「都会」へ行くのにお洒落が必要なんだろう。
クッキーは、硬く、こげめも着いたりしているところがホームメイドっぽい。
素朴な味がした。
30分ほど休憩し、出発。隣の子は出発してるというのに買い物をしようとしていて、
もう少しで放っていかれるところだった。で、結局何も買えずに飛び乗ってきた。

窓の外をみていると、ほんとに自然を感じる。切り立った崖も壮観。
昼間だから安心して乗っていられるけど…。
ここから2時間半ほどで、ようやくマラケシュに着いた。

マラケシュのバスターミナルで降りて、ここで日本人の子と話をする。
バスターミナルが思っていた場所と違ったので、宿をどこにしようかと思い、
いっしょにフナ広場の方へと歩いていくことにした。よかった一人じゃなくて。
2人は関東から来ているOLさん。今日はマハミドから乗って来たそうだ。
3人で本を片手にフナを目指す。途中、考えていたホテルがあったので、そこに入った。
HOTEL ISRANEはフナの近くにあった。フロントで料金を尋ね、部屋をみせてもらう。
なかなか広く、快適そうなのでここに泊まることにした。
シャワーもトイレも、そしてテレビもついて1泊185DH。モロッコは安いなあ。
2人はフナの近くの宿を探すといい、ここでバイバイした。



チェックイン後、いったん部屋に入って休憩後、フナ広場へと向かった。
フナはものすごい人で活気にあふれている。
多くの大道芸人や屋台が立ち並び、欧米人観光客も大勢いる。
まずはオレンジジュースを試してみた。
2.5DHと書いてあっても2DHで売ってくれる。
絞りたて100%(?)のオレンジジュースはおいしかった。ちょっと心配だけど…?!
そのあとうろうろしていたら、「ヘンナアートをしないか?」と子供につかまった。
いろいろ写真をみせてくれて、「いくら?」と聞くと「50DH」…
「高い!20DHじゃなきゃしない」「じゃあ20DHでいいよ」。
こうして手をとられ椅子に座らされた。描いてもらっている間、
隣にウクレレおじさんが座って演奏している。
描き終わって、しばらく待っててといわれ座って待っていると、
おじさんは勝手に演奏したくせににこにことチップを要求してきた。
1DH渡すと、「もっとくれ」という顔で見ている。
隣にいた子(描いてくれた子と違う)も「この人貧乏なのよ」といい
「これはスペシャルだから50DHよ」というので、冗談じゃないと思い、
「20DHって言ったでしょ!」と20DH渡して立ち上がると、
「OK、わかったわかった」とあきらめて(?)いた。まったく油断できない。

でもきれいな仕上がりに満足して、屋台へと向かう。
たくさんありすぎて迷ったけど、愛想のよかったおじさんのいる22番屋台に決めた。
ハリラ(3DH)とカバブ2本にパン(5DH)で合計8DH(約100円)の食事。
おいしかった。食べている途中で金髪の日本人が通って、
「おいしいですか?」と聞かれた。「おいしいですよ」と答える。
「明日もまたおいで、22番だよ!」「うん、来るわ、インシャラー」といい、
屋台を後にする。

マラケシュの方がワルザよりも物価が安い。
ワルザは欧米人のリゾート利用が圧倒的に多いからだろう。
ネックレスもあんなに値切ったのに更にその半額くらいでがっかり。
絵葉書さえも半額だった…。

ホテルに帰って久しぶりにテレビをみた。都会だなあ!
バスの移動が長かったので(8時間半くらい)疲れた。
腰が異常に痛く、おまけに唇もなんだか腫れてきているようだ。


4/29(水)マラケシュでの一日
今日は5時半に目覚めた。まだ外は暗い。
砂漠より夜明けが遅いように感じるのは気のせいだろうか。
朝食はフナ広場が見えるカフェでとることにして、8時ごろ出発。
カフェでカフェオレとチョコデニッシュを頼む。通勤の人以外はあまりいない。
スークもまだ開いていない時間なので、しばらくのんびりとすごした。
店を出て、ベンユーセフメデルサへと向かうため、スークの中を歩いていく。
まだ店は閉まっているので歩きやすいと思ったけど、
閉まっているからなんのスークか分からない。
とりあえず前を歩いている女の人のうしろについて、大きな道をずんずん歩いていく。
なんか建物が見えたので、ついたかなと思うとそれはリセだった。
リセなんて地図に載ってない…。すっかりどこか分からなくなってしまっていた。
リセの前にいた、学生らしき子達に地図を見せて尋ねてみる。
彼女らは英語が全くできない。地図を3人でまわしながら、現在地を探し、
説明しようとしてくれるんだけど、なかなか言い出せないようだ。
しばらくして、彼女たちの友達が自転車でやってきた。
彼女はどうも英語ができるようだ。3人が説明してくれる。
彼女は「いいわ、ついてきて」といって、友達に荷物を預けて、案内してくれた。
どうやらスークのエリアからはずれてしまっていたみたいだ。
彼女の名はスミアといった。経済学を学んでいるそうだ。
やはり英語はそんなに得意じゃないらしく、つっこんだ話はできなかった。
「モロッコではフランス語が必要よ」確かに…。
しばらく映画「タイタニック」の話などをして、住宅地らしき「迷路」をどんどん歩いていく。
やがて目的のベンユーセフメデルサについた。
お礼をいい、ガイドしてくれたんだし…と思って、チップをだそうとすると
「NO!NO!」と笑って去ろうとしたので、名刺を渡し、
「もしあなたが日本で迷子になったら、いつでも電話してね」というと、
とても嬉しそうに、手を振って去っていった。いい子だったなあ。
ベンユーセフメデルサは改装中なのか、木組みがしてあって、
あまり見るところはなかったけど、細かいレリーフやモザイクタイルで装飾された
柱や壁がとてもきれい。光の当たり方で影の部分ができ、その調和も見事だった。
静寂の中、この空間をしばらく楽しんだ後、帰り道が分かるかなと、
心配しながら表に出る。坂道を下っていけば多分出られるはず…と
どんどん歩いていくと、来るときに通った道にでた。よかった。
他の観光客も歩いてくるから、間違いない。ほどなくフナ広場へとでた。

フナの周辺の店を冷やかして歩き、今度はサアード朝の墳墓群へと向かう。
観光バスがたくさんとまっていたので場所はすぐにみつけることができた。
10DHの入場料を払って中に入ると、すごい観光客。
マラケシュにこんなに欧米人がいたの?といいたくなるほどたくさんの人だった。
決して広くないスペースをうしろについてぞろぞろ見学する。
日本人の一行もいた。ここの庭園はとてもきれい。
多くの花が咲き、緑と壁のモザイクがマッチしている。
お墓なんだけど、こんなに人目にさらされ、写真をとられて、安眠できてるんだろうか…。

ここを出て、少し奥のほうへと入っていくと、普通の暮らしが営まれていて、
また注目を集める。お肉とか暑いのに表にさらされてて、大丈夫なのかと心配してしまう。
途中までいって、また引き返してきた。
アグノウ門を出て、歩いていくとクトゥビアについた。
まだ改装中だけど、ここの庭園もほんとにきれい。コロニアルな雰囲気を醸し出している。

いったんホテルにもどり、しばらく休憩する。
昼食は、たまにはいいものを…と思い、ISRANEの上の、テラスレストランでとる。
ランチセット100DH.は昨日の屋台の10倍以上!
内容は、タジン、サラダ、デザート、コーヒーと、パンとオリーブは食べ放題。
ドリンクも注文する。ほんとはピザぐらいでいいやと思ってたんだけど、
差し出されたメニューにセットメニューしかかいていなくて、
なんとなく頼みずらかったので…。
でもテラスなので、街の様子がよく見えて楽しい。ここではゆったりと食事ができる。
味は、まずまず。タジンはワルザのHOTEL AMRALで食べさせてもらったのが
一番口に合ったなあ。他のは塩辛くって…。
ここのタジンにはきゅうり(瓜?)まで入っていた。
デザートにフルーツを頼んだのはいいけど、りんご、バナナ、みかん、と
いちごすべて丸ごとでてきたのには閉口した。なんて大胆な…。
バナナは残してみかんはお持ち帰りしてきた。

お腹も満たされたので、再び街へ。バヒーヤ宮殿へと向かった。
フナ広場からいくといいと書いてあったので、そのとうりにしたが、
道はどんどん細く、暗くなってきて心配になった。
でも多分間違っていないと信じ、サングラスをかけて、
周りの声にも反応せず堂々と歩いていく。やっと大きな道にでて、
警官がいたので尋ねると、もうすぐだと言う。よかった。
そのまままっすぐ歩いてようやくそれらしき建物を発見。
いちおう、近くにいた警官に尋ねようとすると、
私が近づいてくるのをみてとても困った顔をしていた。
外人は苦手なのかな。「バヒーヤ?」彼は何もいわず、うなずいて指差した。

中にはいっていくと、奥の見えにくいところに入り口があった。
英語が話せるかと聞かれて、しばらく待つように言われる。
一人のガイドがついて案内してくれた。
彼は、わかりやすい英語で解説をしながらガイドしてくれる。
たとえば木で出来た天井の美しい模様は、描いてから天井にあげたのだとか、
扉に開いている小さな穴は猫用のドアだとか…。
どの部屋もモザイクや装飾がとても美しい。
窓のステンドグラスが床にリフレクトしているのもとても幻想的な景色だった。
ぼーっと見ていると、「ヘンナアートをしたのか?」とさりげなく手に触れてくる彼…。
ひととおり案内してもらい、写真もとってもらい、最後に「モロッコ人をどう思う」
「とてもフレンドリーだと思う。非常にすばらしいホスピタリティをもっていると思う」
「そうか…。今日のガイドはどうだった?」「ええ、よくわかりました。」
「では、ガイド料として10DH払ってください」…なるほど。
でも本にも10DHって書いてあったので、「ガイド、どうもありがとう」と素直に(?)払った。

絶対違う道があると思って、元の道には帰らずそのまま歩いていくと、
やはり大きな道にでた。クトゥビアが見えたのでそれを目標に歩いていく。
何人に挨拶されたかわからないくらい、歓待(?)を受けながら
ようやく見慣れた風景の場所にでる。とりあえず銀行に行き、すこしだけ両替した。
スークに向かい、お土産を物色する。陶器屋に行き、
小さな灰皿やアクセサリーをみつけ、値段を尋ねる。陶器を何点か選んで、値段交渉。
でも思ったより安くならなかったので、放っておいてアクセサリーをみる。
ちょっと気に入ったのがあったので陶器もまとめて安くしてくれるように交渉。
「お願い、まけて」相手の目を見て、にっこり。
もちろん、時間はかかっても最後には負けてくれた。
交渉も随分うまくなったんじゃないかな。
そのかわり、彼の愛(?)の告白も聞かされたけど…。
彼はHICHAMといい、明日の昼、クスクス食べにおいでと誘いを受ける。
「わかったわ。インシャラー」…でも、多分行かないだろう。

唇はどんどんひどくなり、あまり体調がよくなかったので、
ホテルに帰って休むことにした。
陶器屋のHICHAMには悪いけど、明日はカサブランカに行くつもりだ。


4/30(木)マラケシュからカサブランカへ
朝、7時半にホテルを出て、CTMのチケットを買いに出かけた。
空は曇っていて、つばめ(?)がびゅんびゅんとんでいる。
なんか不気味な雰囲気。風もとても強い。
まだ観光客のいない時間なので、通勤者に混じって歩いていく。
みんな振り返ってみるけど、もう随分見られることに慣れてきた。

ドゥカラ門の前にはたくさんの人がいて、簡単な市ができていた。
チケット売り場はどこかと探していると、「ワルザザード?」「アガディール?」と
さかんに声がかかる。ダフ屋か、民バスの客引きか。
入り口からついて来たお兄さんにチケット売り場を教えてもらい、
12:30のカサ行きのチケットを購入。12時にくるようにと言われた。
お兄さんは同じことを繰り返して教えてくれる。お礼をいって、ターミナルをあとにする。

近くを散歩しようかと思ったけど、あまりに人が多く、
疲れていたのでいったんホテルの方へと戻っていく。
ホテルのカフェで朝食をとることにした。
少し風もやみ、空もだんだん明るくなってきた。
朝食メニューは、カフェオレ、オレンジジュース、フランスパン、チョコデニッシュ。
パンは、4切れあったので、2切れ持ち帰ってもいいかと、
ウエイターさんにフランス語会話集を見せると、「Oui!Oui!」ととてもにっこりしてくれた。
このウェイターさんは昨日話かけて全く英語が通じなかったから、フ
ランス語の会話集はとても効果的だった。

バスの時間まで、やはり散歩することにした。じっとしているのは、もったいない。

近くにある、伝統工芸館へと向かう。
ここは工房併設の土産物店の集まりといった感じで、お土産物をさがしやすい。
定価販売だけど、スークでぼられるよりは安いこともあるだろう。
1件1件みながら2周ぐらいまわって、小さなバブーシュ(靴)と、刺繍入りのクロス、
刺繍入りのブラウスを買った。クロスは、どうしてもまけてくれなかった。
仕事に自信をもっているのか、それともここを訪れる外人は
みんな値切らずに買うからだろうか。
ここはほんとにコンパクトにモロッコの工芸品をみられるので便利。
木のテーブルなど、安いし欲しかったけど、
持って帰る方法がないので(送ると高い)あきらめた。

ホテルに帰り、出発までのんびり過ごす。
ホテル代はクレジットカードが使えた。現金はあまり持ってないので助かる。
11時にホテルを出て、CTMのターミナルへ。まだ早いので、
前のカフェでカフェオレとミルフィーユ風ケーキを頼む。
食べながら道路の様子をみていると、モロキャン男性が近づいてきた。
「こんにちわ。どこからきたの」
彼は、一人でしゃべっている。どうも「ユミコシバタ・ミキシバタ」さんとお友達らしい。
ジュラバを送って、日本からG-SHOCKが送ってきたと、自慢していた。
「この近くに僕の店があるんだ。写真をとらないか?
日本人と写真をとるのが好きなんだ」
「君に住所を教えるよ。僕は家を3つ持ってるから、次来るときは泊まるといいよ」
なんか、だんだんうさんくさくなってきたので、まだ早いけど席を立つ。
彼は先に立って、歩いていく。
「僕のお父さんはここで働いているからよく知っている。ついて来て」
いやだなと思いながらもついていく。確かに正しいところに案内してくれたけど…。
彼はお別れだねと、ほほを寄せてきた。挨拶…?
ところがそのあと、「僕はモロッコのマネーをあげたから何か日本のものをくれ」と
言った。マネー…なにももらってないけど。
だから「私はあなたから何ももらっていない。
何かほしいんなら、あなたも何かくれるべきだ」と反論。彼はマネーと繰り返す。
そしてさっき住所をかいてもらった(彼が勝手に書いた)ときに貸したペンが
あるじゃないかと言った。周りにいた男の人も「こいつ何言ってんだ」という顔で
彼をにらんでくれた。いいかげんうっとうしくなってきた。
向こうでおじいさんが、手招きしてくれたので、そっちの方へと歩いていく。
ちょうどバスも入って来た。彼はまだついてきたけど、バスの運転手さんに、
カサに行きたいといい、おじいさんも何か言ってくれた。
運転手さんは彼に気づいてくれて、「時間はまだだけど中で寝てればいいよ」と
ドアを開けて入れてくれた。
彼は観念して、別の日本人に「フレンド」を連発していた。なんだ、変な奴。

30分ほどして、運転手さんが中に入って来た。
荷物を預けるのに外で量ってもらわなきゃいけないから、彼が運んでくれる。
やさしいなあ。「日本人か?」「一人か?」と聞かれ、
そうだと答えるとみんなで、「トレビアン!」。
荷物を預け、席についた。このシートはとっても快適だ。

バスは12:30ちょっと前に出発。CTMは時間にとても正確だ。
新市街にあるステーションにしばらくとまって(ここで座席チェックを2回される。
指定席なので確認しているらしい。そのあと一人、降ろされていた。
どうやらバスを間違えたようだ)再び出発。
しばらく街中を走ったあと、また自然の残る道へとでた。
ワルザからマラケシュの道は赤茶色の風景だったけど、
マラケシュからカサへの道は緑も多く、穏やかな風景が続いている。
ものすごい数のサボテンで畑が仕切ってあったりして、みていてとても楽しい。
2時間ぐらいして休憩になった。
ここでは物乞いの人がよってきた。都会の証拠だ。おばあさんに1DHあげる。
街は新しくこぎれいな感じだ。30分ほど休憩のあと、出発した。

そのあと1時間半ほどでSATTATについた。もうすっかり都会の雰囲気。
駅のターミナルで少しとまったあと、また出発した。
観光用かどうか分からないけど、ここには水売りおじさんもいた。

さらに1時間半ほどでようやくカサに到着。CTMの周りは大きなホテルやビルの
立ち並ぶ、まさに都会の様相。荷物を受け取っているときに、地図をみていると、
誰かが道を教えてくれた。
希望のホテルプラザを目指して歩いていく。
大きい通りに面しているのでわりとすぐに見つけることができた。

プラザは、キャッシュオンリーだという。まあ、両替すればいいかと思い、
部屋を見せてもらう。日本円で2500円ぐらいなのに、とても広く、きれい。
バスタブもついている。ここは日本の商社も常宿にしていると書いてあった。

荷物を置き、フロントにいたにぎやかなおばちゃんのせいでさんざん待たされたあと、
チェックイン。両替しようと表にでると、「あ〜!」の声。
みると、なんとマラケシュで会った美保さんと千賀子さんだった。
2人も今日鉄道でカサにきたらしい。寒いのでトレーナーを買いに行くと言うので、
そのあと一緒に食事をすることにした。
両替はもう銀行が閉まっていたので、明日することにする。
トレーナーを探して、店をみていると、へんなモロキャンがついてきた。
「僕には友達がいない」とか一人でしゃべって、輪に入ってこようとする。
走って、まいたかなと思ってもまだついてくる。しつこい。
2人が行きたいというレストランにいくと(彼女たちはその店のおじさんと面識があった)
ようやくどこかへ消えた。よかった。

レストランで、ハリラとチキン、トマトにコークを注文。
ハリラがおいしいって本に書いてあったけど、屋台のほうがおいしかったかな。
でもここのもなかなか。おなか一杯になった。

ここでやっと自己紹介をした(まだ名前も知らなかった)。
店を出て、2人はまだ買い物をしていなかったのでここで別れる。
カサの夜は怖いって聞いたからホテルへと帰る。

夜中、花火の音や音楽が鳴っていてとてもにぎやかだった。
明日はメーデーなので、その前夜祭(?)なのかもしれないと思いながら、眠りについた。


5/1(金)メーデーのカサブランカ
今日は実質的にモロッコで過ごす最後の日。朝からなんだかにぎやかだ。
8時ごろ外にでると、商店や銀行、みんな閉まっている…?
銀行は8:15からじゃなかったっけ?
どうもメーデーだから本当に全部休みらしい。困った。明日も土曜で銀行休みだし…。
とりあえず、観光しようとハッサン二世モスクに向かって海岸沿の道を歩いていった。
警官が「こんにちわ、どこ行くの?」と気軽に声をかけてくれる。
こんな朝早く、メーデーでお店も開いていないのにどこいくんだろうと
思ったのかもしれない。駅前ではメーデーの決起をしていた。
今日はやたらと警官が目に付く。



まだ人通りの少ない海岸沿いの道を歩いていく。
明るくてもやはり人が少ないのは不安だ。
途中警官がバイクに乗って通ったので、モスクを指差してこの道で合っているかと
尋ねる。「Oui」。
乗せてくれたらいいのになあ。道はかなり遠かった。
30分ぐらいかかってようやくモスクに到着。
海に面して立っているモスクは、ものすごくきれいな建物だった。
モザイクタイルも緻密で、ベージュとグリーンの色調が都会の洗練といった感じ。
残念ながら中には入ることができなかった。金曜日だからかもしれない。

しばらくここで過ごしていると雨が降って来た。傘を持っていなかったので、
帰り道を少し急ぐ。
住宅街を通り抜け(休日なので親子でサッカーをしていたりする)、
海軍の建物を過ぎ(兵士が挨拶してくれた)歩いていくと、坂道を登っていたはずなのに、
なぜか海岸沿いの道にでていた。なぜだろう…?
駅のほうへと歩いていき、カサブランカ一お洒落(?!)なセンター2000の1Fカフェで、
朝食をとることにした。お店に入ると、店員のお兄さんがとってもナイスな笑顔で
迎えてくれた。カフェオレとデニッシュを頼む。先に会計をすませ、
カウンターに座ると、目の前でお兄さんはにこにこしている。
食べていると、隣に別の店員さんが座って「おいしい?」って聞くし、落ち着かない!
でも笑顔で食事を済ませる。

店を出て、歩いていくと、ますます警官の数が増えているのに築いた。
シティバンクなら開いてるかと思っていくけどやはり閉まっていた。
しかも土日も開いてないらしい。困った。
やがて、にぎやかな音が聞こえ、メーデーの行進がやってくるのが見えた。
モロッコのメーデーは熱い。ものすごく大勢の人が参加して列は全く途切れない。
しばらく見学して、仕方ないので、ホテルに戻って両替のできるところを尋ねる。
「だって、今日はホリデイですもの。」「両替はどこでできるの?」
「大きなホテルならできるわよ。」
そこで近くのハイアットに向かった。あまり美しい服装じゃないので、
少し入りずらかった。でもロビーを入ると有名な観光スポット「バーカサブランカ」を
見ることができた。
バンクは2時のオープンだと言われたので、それまでセントラルマーケットにいくことにした。
その前にCTMステーションで、エアポートまでのバスがあるか確認しにいくが、
みつからなかったので明日は鉄道で空港までいくことにする。
近くの店で、パウンドケーキとコークライト、ヨーグルトを買った。

セントラルマーケットはCTMステーションの近くにある。
マーケットに入るとあちこちから声がかかる。
お魚やさんにも小さなえびを「味見していって!」といわれたけど遠慮しておいた。
お菓子売り場などを見ながら、結局なにも買わずにでた。
まだ2時まで時間はあるので、お昼御飯をとることにした。
国連広場の近くにあったレストランに入る。ちょっと高級そうだったので、
モロキャン男性が少なかったから。

昼のツーリストメニュー55DHで、スープ、いわしのフライ、フレンチポテト、
プリンを選んだ。プリンはなかったのでフルーツにしてくれと言われた。
また丸ごと持ってこられるかとおもったけど、そうじゃなかったのでよかった。
スープは具だくさんのコンソメスープ。ハリラにしてもスープの量は多いので、
これだけでも結構お腹が膨れる。
いわしのフライは、カサブランカにきたらお魚食べようと思っていたから。
なかなかおいしかった。ポテトは量が多すぎ。
フルーツはバナナとリンゴのスライスをレモンヨーグルト味のソースに
からめたものだったけど、唇がひどかったのでかなり痛い思いをした。
でもおいしかった。

お腹がいっぱいになったので、店を出て、ハイアットへと向かう。
2時すぎてたけど「あと5分したら来て」と言われて待つ。
フランス人の親子も来て並んだ。10分たっても開かない。
コモロ諸島からきたと言うビジネスマンも並び
「もしフランスフランを持ってたら両替しないか?」と言われた。
列は増えていくけどいっこうにあく気配がない。中では女性がのんきに昼食をとっていた。

30分たって、ようやく銀行の担当者が登場。両替が始まる。
最初T/Cを見せて「現金のみ」と言われたので、日本円5000円を両替する。
5000円でも持っててよかった。
やっぱりこういう時は現金が一番役にたつなあ。

両替を済ませ、ホテルの代金分を別にしまっておく。
少ししか両替できなかったのであまり買い物もできない。
いったんホテルに帰って休憩する。


夕方ふたたび出かける。
スークをぐるぐる回って、バブーシュを購入。
ミニタジンの陶器も10DHにしてくれたので、買った。
結構怪しげなものもたくさん売っていておもしろい。
安物のかばんとかアクセサリーとか見てる分には楽しいけど、
呼び込みされても買いたい気には全くならない。
歩いているうちに住宅地区に入ってしまい、あわてて引き返す。
この時間はスークにも活気がある。大勢の人に少し疲れて歩き、
声をかけてくるモロキャンにも反応しないでいたら
「ねえ、ちょっと待ってよ。アラビア人と話したくないの?」と言われた。
「急いでるの」とにっこり、スークを出て来た。

駅の近くのキオスクにいき、お菓子を買う。
モロッコって書いてあるのがほしかったので、一つずつ生産国をみていくと、
チュニジアとかサウジとかいろんな国のがあった。
芸能関係の雑誌はモロッコだけというのはなかったので買わなかった。

ホテルの前のみやげ物店で、かわいい陶器を見つけたけど
「明日くるから」といってみるだけにしておいた。明日も残っていたら、買うことにする


5/2(土)モロッコからパリへ
今日も寒い。昨日買ったパウンドケーキとヨーグルトで朝食にする。
8時半、とりあえずホテルのチェックアウトを済ませ、駅へチケットを買いにでかけた。
空港までは22DH.。昨日いったキオスクに行くと、今日はおじさんは話し掛けて来た。
「日本人か?」「そうです」「一人できたの?」「はい」「フランス語がしゃべれるのか」
「いいえ」「スペイン語は?」「いいえ」といい、スペイン語は大学の第二外国語で
とっていたので、挨拶だけを披露する。おじさんはうなずいて喜んでくれた。
今日もお菓子を買い、バイバイを行って店をでる。
これでのこったお金は自由に使える。

昨日のお店にいき、欲しかった陶器を眺める。2個あって、25DHと35DH。
考えて、「50DHにして」というと、お兄さんはきょとんとした顔で、
「2個で…60DH…」と計算して、「だめだよ」といった。
「でもスークではもっと安くしてくれたわ」「これはスークに売ってるのとは違うよ」
確かに今までみたことないきれいな色と模様の陶器だった。
「50DH」「だめ、55DHならいいよ。」う〜ん、でも…
そこで「今日はモロッコ最後の日だから、お金をもうもってないの。
お願い50DHにして」とお願いすると、しばらく考えたのち、
「わかった。じゃあ50DHでいいよ」と言ってくれた。よかった。
「君は日本人かい?日本人とアラブ人は似てるね」
顔?それとも買い物の仕方?分からなかった。

ホテルに帰り、荷造りをする。11時にでるといっていたのに、10時にノックされる。
お掃除らしいけど「11時までいてもいいですか?」と尋ね、使わせてもらった。

結局10時50分にホテルをでることにした。みんなバイバイをしてくれた。
大きな荷物を背負って、駅へと向かう。どうしても「カサブランカ一と評判」らしい
クロワッサンサンドを食べたくて、昨日のカフェに行く。
お兄さんは覚えていてくれて、満面の笑みで手を振って迎えてくれた。
チキンのサンドと、水を頼む。できるまで待っている間も、
にこにこしながらこっちを見ている。仕事しなくっていいんだろうか…。
5分ほど待って、「これはとってもおいしいよ」といいながら、渡してくれた。

駅の構内で、しばらくぼーっと立っていた。駅の電光表示には2番線とかいてあるが、
まだ列車はきていない。ポーターのお兄さんが「どこ行くの?」と尋ねたので
「空港」と言うと、「まだだね」といった。
でも大きなスーツケースを持った人たちが4番線に向かっていく。
彼もそれに気づいて、確かめてくれ、手招きした。
ゲートを通ると、4番線だと言われる。歩いていくとお兄さんが
「4番線みたいだ。でも出るのは11:40だからまだ時間はあるよ」と
なんとなく言い分けしていた。お礼を言って列車に乗り込む。
中はまだ空いていた。誰もいない車両にいき、サンドイッチを食べる。
チキンたっぷりで、なかなかおいしい。カサブランカ一とは言い過ぎだとは思うけど…。

しばらくすると、何人か乗って来た。でもそんなには混んでいない。
列車は11:40ちょうどに出発。車窓の風景を見ていると、
「モロッコも今日で終わりか…」と少しセンチメンタルな気持ちになった。

約45分後に空港駅に到着。出発フロアに向かうが、
チェックインは13:00からと言われる。まだ30分あるのでしゃがんで周りを見渡す。
日本人のカップルと日本人男性1人をみかけた。
12:45ごろ、エールフランスのカウンターが動き始めたので列に並ぶ。
前に日本人男性が並んでいる。彼と話をした。
彼は昨年協力隊でモロッコにきていて、今回はその時の友人を訪ねる旅だったという。
チェックインを済ませ、ゲートに向かう途中、出国カードを書くように言われる。
分からない項目があったので、訪ねると、
「私は警官だからわからないよ。う〜ん…中で聞いてみて」と、困っていた。
困ったときに曖昧な笑顔を浮かべるのは日本人だけではないらしいことが分かった。

中に入ると、左右に入り口が分かれていたので左にいく。
パスポートを出して待っていると、向こうの方で呼んでいるのが分かった。
でもパスポート出してるし…と思いながら、どうしようかと思っていた。
「あの、パスポート…向こうで呼んでるから」「大丈夫。ちょっとまって」とゆっくりしている。
向こうの方では来い来いとさかんに手招きしている。
ようやくパスポートを返してもらって、走っていった。「日本人?」「はい」と
パスポートの表のJAPANを確認したら、あっさりいっていいと。
右からはいるべきだったのね。
でも日本人は荷物チェックなしなんて、随分信頼されてるんだなあ。

ムハンマドX世空港の免税店は品揃え悪いと書いてあったけど、結構充実していた。
ブランドものもフランスよりも安いようだ。スパイスや、モロッコ料理の本などもおいてあった。
出発までの1時間半ほど、うろうろしながら過ごす。
DHも使えるみたいだった。でも荷物が重かったので、
最後の買い物はフランスの免税店ですることにしてあまり買わないでおいた。

14:10になったのでボーディングフロアへ。
今日はエールフランスなので時間には正確。すぐに乗り込むことができた。
飛行機は15:00前に出発。時計を2時間進めておく。
機内食は行きにもらえなかったチキンがもらえた、非常口横の席で、
前の座席がなかったため足を伸ばせたけど落ち着かない気がした。

19:55、ほぼ時間通りにパリに到着。まだホテルもとっていないので急いで降りる。
入国審査をすませ(パスポートを見て「メルシー!」の簡単なもの)、
両替をしてインフォメーションを探したけど見つからないので、
北駅まで行っちゃえ!とオルリーヴァル+RERで北駅に向かうことにした。
時間は遅いけど外はまだ明るい。明るいうちにつきますように…と、祈りながら、
まずANTONYでRERに乗り換え。ここから14駅。
怖い人が乗ってきたらどうしようと思いながら、座っていた。
時刻は20:30をすでに回っている。
ようやく北駅に到着。4年前に来たときの記憶も少しは残っていた。
北駅はドイツなどヨーロッパ各国と結ぶターミナル駅なのでかなり大きい。
迷いながらも地上にでてきた。だいぶん暗くなって来た。早くホテルを探さなきゃ。
だいたい見当をつけていた辺りに行ってみる。前に泊まったMILANに行くが、
いっぱいだと言われた。やさしかったおじいさんはいなくて、
しかも随分きれいになっていた。
仕方なく、他のホテルを探す。
でもシーズンだからか安いホテルには「FULL」の張り紙が…。困った。
不良少年(?)らしき子もたまっているし、早く探さなきゃと思って歩いていると、
呼ぶ声がした。見るとカフェから手招きしている女の子がいる。
近くにいくと、どうやらホテルもやっているらしい。
「宿をさがしているの?」「ええ」「うちは200Fよ」部屋を見せてもらう。
細い階段を上がると暗い廊下。どんな部屋?と思ったけど、
狭いながらもこぎれいな感じで、シャワーもトイレもついている。
かわいいカーテンに大きな鏡つき。ここに泊まることにした。
下でチェックインを済ませ、前金なので200F払う。よかった宿が見つかって。
少し表に出て、駅の構内のお店でバゲットサンドとアップルタルト、
それとワールドカップのグッズを購入。
酔っ払いのおじさん達に手招きされたりしたので、ホテルに帰る。

バゲットサンドはフランスだからどうしても食べたかったので、
機内食も食べたけど…と思いつつ食べた。やっぱりおいしかった。
アップルタルトもかなりおいしかった。フランスの食べ物はおいしいなあと感動。

廊下は木で、階段の下の部屋なので、人の通る音がうるさかったけど、
泊まるところがないよりもいいし、安くあがったので我慢できた。
でもホテルはモロッコのほうが断然安くていいところに泊まれた。


5/3(日)パリ北駅から日本へ
今日は日本に帰る日。朝からクリニャンクールの蚤の市に行こうかと思ったけど、
そんなに時間もないので、東駅の方までぶらぶら歩いていくことにした。
とりあえず、1Fのカフェでカフェオレとクロワッサンの朝食をとった。
ここのは「とってもおいしい!」と言うわけじゃなかったのが残念。
パリの朝はとても寒い。歩いている人はみんなコートを着ていた。
4年前に見た風景とほとんど変わっていない。
日曜日も営業しているスーパーも健在で、ここで少しお菓子を買ったりする。
ワインも欲しかったけど、重いのであきらめる。
30分ほど散歩して、フィルムも使いきって、ホテルに戻る。
最終荷造りをすませて、10時過ぎに出発。

CDGまでのRERの切符を買い(2nd classを渡された)、ホームへ。
とまっていた列車に乗っていた男の子に、「CDGまで行く?」と聞いて、
そうだというので乗る。2ndclassは高校生風の男の子やブラックの人だちで
にぎやかな感じ。途中の駅で、さっき尋ねた男の子たちが降りた。
降りるときに彼は、目の前で立ち止まり、歌を披露して(?)去っていった。
からかわれたのかな…?

列車はCDGへ。チェックインの際に、ちょっとトラブル。
「baggageticket」と何度も言われて、「そんなのない」「いや、あるはずだ」と言われ、
チケット類をひっくり返して探したけどなく、とても困ったけど、
ツアーできていた日本人の添乗員さんに助けてもらった。
どうやら、預ける荷物はないといったため、乗り継ぎで、
荷物をすでに預けていると思われたらしい。
係のおじさんは「ごめんね」と言っていた。
彼も英語ができないから、うまく伝えることができなかったみたいだ。

チェックインも済ませ、免税店で最後の買い物をして、飛行機へ。
ボーディングは労使紛争の影響とかで機内食の積み込みが遅れたため、
30分ほど遅れた。でも関空への到着はほぼ時間通り。

入国審査のところで、「どこに行ってきましたか?」「モロッコです」
「モロッコ…ちょっと荷物見せてもらえますか」と、手荷物だけ簡単に見られた。
「モロッコ…一人で?」「ええそうです」「女の子の一人旅は大丈夫なんですか?」
「大丈夫みたいですよ。最近はやってるみたいですよ(本当か?)」…
こうして、今回の旅も無事終わった。

<あとがき>
モロッコはイメージと違って、とてもきれいな国でした。
もっと雑多な感じのところかと思っていたけど、
スーク以外はわりと整然としていると感じました。
人々の日本人への関心はとても高く、とくに男性はあからさまにフレンドリーを
前面にだして、近づいてきました。
だからこそ今回は多くの現地の人と触れ合う機会に恵まれたんだと言えます。
砂漠は初めての経験でした。メズルーガまで行けなかったのは残念だったのですが、
ザゴラでサハラの入り口にいるんだと思うだけでもとても感動しました。
ラクダに乗ったときは本当に「モロッコにきてよかった」と強く思いました。
文明的なものがなにもない風景は、純粋に美しいという感動を呼び起こすのに充分です。
モロッコは、日本人にはまだまだ馴染みのない国ですが、
欧米ではポピュラーなリゾート地というぐらい、訪れやすい国だと思います。
またいつか、今回知り合った人たちに会いにいけたらいいなと、思っています

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